1000年前、あなたとわたしは家族だったかもしれない。もしくは友だちだったかも、ひょっとすると恋仲だったのかもしれない。
1000年後の今、あなたとわたしの関係はどうなっているのだろう。形を変えて近くにいるのか、それとも遠くへ手が離れたのか。
ひとは永遠を生きているという。それならば必ずまたどこかで、あなたと出逢える。
何もおぼえていなくていいのです。
そのたびあたらしいあなたとわたしで、1000年先も、また逢いましょう。
花へ自分の想いを込めて、贈る。
青く小さな花たちが、あなたの胸で咲いている。
私を忘れないで、なんて花言葉、あなたはまさか知らないでしょう。花にはめっぽう疎いあなただから、こうしてそっと贈ったのです。
そう、とてもきれいな花だから、あなたへ贈ったのです。
放課後に、友だちとどちらが高く漕げるか競走をした。ある時はあの人と隣同士、手を繋ぎながら優しく漕いだ。ひとりでぼんやり、変わりゆく空を見送ることもあった。
前に後ろに、規則正しくゆらゆら揺れる。進んでもいい、戻ってもいい。止まってもいい、降りてしまうのもいい。周りは勝手に廻っていく。変わっていく。
わたしはもう少しここでのんびりと、空の模様を眺めます。
お隣、座りますか?もちろん、どうぞ。
今日も一日、旅をする。
嬉しい事、しんどい事、楽しい事、辛い事。歩けば歩くほどいろんなものに出会うから、そのたび鞄へ入れるものを整理する。背負ったり抱えたり誰かへと運んだり、時にはそっと置いていくのも選択のひとつ。
選ぶことによって、選べなかったものがある。後悔してもしきれなかったことがある。でもどんな選択をしたにせよ、今日という旅路の果てのひとは、とてもすてきです。ここまで歩いてきたのだから、果ての場所でくらい、足を伸ばして、息を吐いて。
わたしもそうします。明日も良い旅路を。
全国の、『配達』を職業としているひとをおもう。
毎日まいにち、遠いところまで車を走らせ、重い荷物を持ち、階段を上がり、時間通りに配達をしてくれる。それがどれだけありがたいことか。
遠いところへ住んでいる友だちへ、通販で誕生日プレゼントを贈れることの、なんとすばらしいことか。
あなたがいるから、届けたい想いがとどくのです。
わたしには感謝を述べることしかできませんが、どうか受け取ってください。
あなたへ届けたいのです。