透明な水
その噴水は街のシンボルでした。
かつて、その街が繁栄していたとき、その噴水はとても透き通った水で満たされ、七色の虹が控えめに現れる素敵な場所でした。
皆が噴水の周りで歌い、踊り、笑顔であふれるそんな場所が、今では見る影もないくらいにひどい有り様でした。
美しい大理石で作られたその噴水は汚れに汚れ、水はどす黒く、緑色に濁り、辺り一帯は廃れてしまい、人一人いませんでした。
そんな中、一人の少女がバケツに透明な水をたっぷり入れて、噴水のもとへとやって来ました。
少女は持ってきた水を噴水の中へと入れて、空になったバケツを持って、またどこかへと行ってしまいました。
しばらくすると、少女はバケツに透明な水を入れてまた噴水へとやって来ました。少女はただひたすらにその行為を続けました。
だって、少女は信じていたのです。いつかその濁った水が、また元通りの透き通った水に戻ると、本気で信じていたのです。
その水の綺麗さが、この街の繁栄と関係していると少女は信じていたのです。
戦争に負け、冬場の大飢饉に、流行り病と、その街の人々は多くのものを失いました。それと同時に噴水の水も汚く濁っていきました。
その噴水の水に美しさを取り戻すための聖女も、どんな願いだって叶えられるような崇め恐れられる魔女も、その街にはもういませんでした。
だから、少女は一人、今日も水を汲みに行くのです。決してたくさんあるわけでもない、何なら貴重なその透明な水を汲み、噴水の水へと注ぐのです。
混ざることで多少薄くなるその濁りを見て、少女はその希望にかけたのです。濁った水に映る少女の瞳はまだ、死んではいませんでした。
いつか、きっとよくなる、と。また前のように、素敵な日々に戻れる、と。
理想のあなた
あなたが思い描く理想の自分はどんな人なんだろう。
優しい人かな。楽しい人かな。素敵な人かな。
たとえどんな人でも、あなたが思い描く通りになったらいいのに。
突然の別れ
いつか訪れるものだとわかっていたのに。
それは、あまりにも突然にやってくる。
嫌だ、と泣き叫んだとしても、もうどうにもならなくて。
ただ、ただ、受け入れていくことしかできない。
どれだけ悲しくても、どれだけ辛くても、どれだけ大事でも。
この手からすり抜けるように、止まってはくれない。
それでも、もしも、次があるのなら。
さようなら、ではなく、またね、を。
いつか訪れるその日を待って、そしてまた訪れる別れを繰り返していくんだ。
恋物語
それは、たった一言を伝えるためのお話。
そして、その恋の終わりまで続く物語。
優しくて、甘くて、ときどき苦くて、痛い。
そんな気持ちが詰まったお話。
真夜中
真夜中の鐘が鳴り響く。
それは、きっと、魔法がとける合図。
だから、どうかお願い。
魔法をかけるなら、12時の鐘が鳴り終わるまで待って。
夢のような一時を、たった数時間で終わらせたりなんてしないで。夢なら、どうか、醒めないで。