『子供のように』
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
朝4時、枕元のスマートフォンから、バイブ音とともに音楽が鳴る。いつもの朝のアラームだ。
もうすっかり秋になってしまって日の出が遅く、まるで夜に起きたかのような感覚に苛まれる。スマホを手に取っても、置時計を見ても、時刻はきちんと朝4時を示している。これから支度をして、満員電車に揺られなければならない。いつもの事だが、改めて考えると憂鬱だ。毎日こんな早い時間に起きて仕事をしても、ご褒美は税金やら家賃やらが差し引かれた、残りカスのような給料だけなのだから。
休むわけに行かないので、さっさと支度をして、一応朝食をしっかりとり、持ち物を確認してから玄関をあける。あ、定期を忘れた。取りに戻って、再び外に出る。
支度している間に日が出たようで、ほんのり明るい空間に、朝の香りが満ちている。
子供の頃は朝の香りが好きだった。というより、早起き自体が好きだったと記憶している。早起きすると、まるで自分が偉業をなしとげたような感覚になるのだ。朝でしか嗅ぐことの出来ない香りは、金メダルや賞状と同じ価値のあるものだった。…今となっては、当たり前の光景になりさがったのだが。
この記憶を基準に、歩きながら、昔のことを少しずつ思い出す。早起きできた時は、近所の友達を誘って遊んでいた。公園に行くこともあったのだが、車通りが比較的少ない道…そう、今歩いているこの道のような、そんな場所で遊ぶこともあったなぁ、とノスタルジーに浸る。例えば、そこに咲いているタンポポ等の花を引きちぎって(今考えると最低なことをしている気がするが、子供のやることだと思って欲しい)、小さな花束を作るだとか、白線の上から落ちたらアウト、みたいなゲームをしたりだとか…子供は想像力が豊かだ。ちょっとしたことから様々な遊びを思いついて、それを実行する行動力まである。大人になってしまうと、それを人前でやると「子供っぽい人」のレッテルを貼られることになるだろう。
長々と考えながら歩いていたが、ふと気がつくと周りに人の気配がないことに気がついた。道はあっているのだが、もしかしたらいつもよりも足取りが軽くて、早く進んでいたのかもしれない。
この辺の道は白線がずっと続いている。思い立って、その白線の上に足を置いた。1歩踏み出す時に白線に足を置き、また1歩踏み出すときに白線に足を置き…まるでモデルのような歩き方をしているな、と思うと少し面白い。
これを人に見られたら、最悪何かしら頭がおかしい人と見られるかもしれない。けれど、たまには子供の頃を思い出して、子供のように行動するタイミングがあってもいいのではないだろうか。