時計の針が重なって
あー嫌になる、時計は合理的だ。私の時計が止まろうとも世界の時計は進んで、世界の時間と個々の時間が別物だと実感する
何も無かったかのように、次の地点で針がまた重なる
過ごした時間に一人一人の人間によって変化した、見出された世界があるのも事実。(そんなことを考えて時間の流れに乗っている人はすくないだろう。それを知るための歴史の授業か)
だから、時計の針が重なるように、世界の時計は人の死の数によって針の重なりに近づく。世界の針の重なりが時代の変化の節目、境目となる
まぁー、要するに過ごしてきた人生を終え、幕を閉じることは社会貢献の一つである。=無駄な死はない
ただの個人的見解であり、そうでありたいという願望だ
Cloudy
In other words, a gray area.
It's not bright and sunny, nor is it dark and rainy; it's truly a world in between.Just the right space.A just right space, that's good, isn't it?I want to keep drowning forever.I am being quiet here, so please let nothing happen and take nothing away.
既読がつかないメッセージ
既読スルーしろ
中途半端に距離置いてんじゃねぇ
直接言葉で言えないのなら
はっきりとした距離感を示せバァーカ
あんたに時間さいてる余裕ねーし
メッセージを送ったことさえ忘れて過ごしてるわ
まぁもし、本当に何かあったり、忙しくて見れないのなら
1週間後にだったら『生きてるか?』って送ってやるよ
理由は知らないけど
どんな形の縁でも、一度は繋がった縁
最後まで死ぬなよ
既読スルーの方が安否確認できるだろ
もしも世界が終わるなら
なにがあったのか分からないくらい全てを持っていって
今までやってきた積み重ねが無駄にならないように
誰かとの縁が寂しくならないように
将来を心配しなくていいように
死を恐れないように
思い出を奪って
中途半端に終わらないでね
それが一番辛い
まぁ残された時間はかき氷でも食べながら過ごすよ
そー思ったら今日も何もしたくない
(最終的にはすべて無に帰るから)
仲間になれなくて
全てのものは分類できる。
人間は集団動物なのか、または一匹狼なのだろうか。
例えば、クラスメイトも分類できる。
陽キャ、陰キャ、中立である八方美人。
この分類によると私は八方美人だ。
何処にも属せず、八方美人同士も八方美人である限り、ただの上っ面の仲間。お互いは完全なる仲間だと認識することはできない。
しかし、傍から見れば、八方美人という分類の仲間になる。
不思議だ。そこには自身の意思がなくても、周りがそう分類し、勝手に認識する。完全な仲間でなくとも、同じ考え、行動をする仲間。それは、他者から見た仲間の定義なのだろう。