文章練習で候

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5/7/2026, 4:37:33 PM

初恋

とまれスレスレを攻めるのが俺の流儀である。エル・キャピタンにしがみついてニヤついてる半裸の人間の脳髄には、おそらく見るもグロテスクで官能的な構造式の何かしらが分泌されていて、その可愛いらしいのが俺にも出てたんだと思う、多分。
では近所のそこらへんの公立小学校で攻められるスレスレとは何か。無論生死の境なんて大袈裟なもんじゃあなければ、どうやって泥団子バレずに家に持って帰るかとか、昼食のゴーヤチャンプルー残すかとか、そんなレベルでもない。先生に見つかって怒られるか怒られないか、そんでもって怒られるにせよ親に直電行かせぬ塩梅におさめるか否か。まあ、それくらいである。
つまらないと言われたら本当に詰まらない日々であって反論の余地なし。人生で最も一日の長い時間を最も無意義に使い果たすとは、人間の体の残念すぎる欠陥でならない。が、しかしあの頃はもう変えられぬ。俺はプロカバディプレイヤーの如く日々ギリギリを責め続けるだけで6年間終えたわけだが、ただの一回もラインを踏み越えずに終えたかと言うとそうではない。俺には1度だけそれがあった。俺は6年の一学期に或る同級生の女子を軽く虐めていた。軽くである。ほんの軽く、例えば悪口を書いた紙を机に入れとくとか、美術の作品にわざと絵の具をこぼすとか。
手は出さなかった。俺の周りのゴミ連中も女子相手は手を出すと面白くなくなってしまうとの了解があった。要するにそこがスレスレの一線である。

掃除の時間であった、俺がふざけてほうきを振り回して怖がらせていると、その先っぽの金具がかつんと当たってしまった。別に大したことないだろうと思ったが、さああと血の気が遠のく。
耳から血が出て廊下に点滴している。
俺は明らかに一線を超えたことを自覚し、パニックに陥った。ご、ごめんと情けない声が漏れる。それに赤面する余地もなく床に血の面積は淡々と増えてゆく。

俺は初めて女子の血液を見たような気がする。

いてもたってもいられない、雑巾をとってきてとりあえず床を拭く。彼女は蹲ることもせずに耳を抑えてたっている。
これで、彼女が泣いて喚いて女子が群がれば、俺は一巻の終わりだったわけであるが、彼女は何故かそうしなかった。そして少し潤んだ瞳で俺の方を睨みつけている。
「なあ、保健室行こうぜ」
目立つ廊下にいてはダメだと思い、血を拭き切ると俺は彼女の背に手を当てて保健室に押した。彼女は抵抗することなく、黙って歩いていく。
「保健室の先生に、俺にやられたって言うか?」
階段の踊り場でそう声かけると、忘れられない。階段の踊り場である。彼女は俺を睨みつけながら、ニヤ、と笑った。生涯あんなにぞくりとしたことはないな。

結局彼女は嘘をついた。俺は止血された彼女を教室まで送って、その日はそのまま何事もなく終わった。その次の日も、2日後も3日後も、結局卒業するまで。
だから、やっぱり嘘である。俺はやはり人生で一度も一線を超えたことなどは無いのである。