ふと、宛てもなく歩きたくなった。
歩き慣れた街を気の向くままに足を運ぶ。
彷徨うように漂えば、見知らぬ場所へ出てしまった。
ーー知らない道。
ーー知らない家。
ーー知らない人。
右も左も知らないものばかり。
ここは一体どこだろうか。
思案するように顔を上げれば見上げた先には
ーー知っている空。
どこか遠い、何も知らない場所で知っているもの一つ。
たったそれだけでどこまでも歩いていける気がした。
『遠くの街へ』
イヤホンで耳を塞いだ。
喧騒を遠ざけ、自分だけの世界に逃げ込んだ。
ここは自分だけの世界。
誰にも邪魔されない。
独りの、独りだけの世界。
そこに響く歌声だけが、自分を理解してくれている気がした。
『誰かのための自分じゃない。自分の為の世界じゃない』
聞き飽きたはずの自分の為の綺麗事にまた夢を見て、現実で目を覚ます。
生きようとして現実を見て、死にたくなって眠りにつく。
夢を見て、夢を諦めて、夢に逃げ込んだ。
今日もまた、自分だけの世界に逃げ込んだ。
イヤホンで耳を塞ぎ瞼を落とす。
ーーただいま、世界。
『現実逃避』
同じ星空を見てるだろうか。
ちゃんと呼吸できてるだろうか。
息苦しくないだろうか。
歩くことに疲れてはいないだろうか。
孤独感に苛まれていないだろうか。
大丈夫だよ、一人じゃない。
ここに僕がいる。
『君は今』
もう少しだけ
もう少しだけ我慢して
この物憂げな空がきっとうまく隠してくれるから。
喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「今、何か言おうとしなかった?」
「いや、なんでもないよ」
「うーん、そう? ならいいけど」
冬の夜道に、肩を並べて二人分の足音を響かせる。
吐き出す息が薄白く登っていく。
「そう言えばさ」
唐突に立ち止まった君が空を見上げる。
「今日は満月らしいよ」
釣られるように見上げれば頭上にはぼんやりと浮かぶ満月が僕たちのことを見下ろしていた。
「……綺麗だね」
「……うん。綺麗だ。とっても遠いな……手が届けばいいのに」
浮かぶ月に手を伸ばせば、真似るように手を伸ばす。
「ねぇ、お月見がてら寄り道してこっか」
「いいね」
「じゃあコンビニで何か買って行こ! 後についた方の奢りね! よーい、どん!」
君は駆け出していく。
これが僕たちなりの形なのかもしれない。
飲み込んだ言葉がじんわりと熱を持ち、溶けていった。
『Love you』