バレンタイン
「拓真、これ、なんや」
俺が引き出しに隠していた、黒の包装紙を巻いた箱を、俊は勝手に取り出した。
「あッてめー返せ」
俺が手を伸ばすと、俊は箱を持つ手を俺から遠ざける。
「ほ~。なんや、これ‥あ!拓真、まさか!」
俊は細い目を大きく開かせ、ニタァと嫌らしい笑みを浮かべた。
「チョコか!抜け駆けや、絶交や」
「うるせえっ、知らねえこんな箱」
俺は椅子からガタッ、と立ち上がり、俊から箱を取り返す。
「朝来たら、机に入っとった。‥中身は、知らん」
俊は再び箱を俺の手の中から奪い、じっくり眺めている。すると、俊はおもむろに、箱に鼻を近づけ、匂いを嗅ぎ出した。
「何しとん」
「匂いで、チョコか分かるかもしれん。」
「わざわざなんで、そんなことしとん」
「俺が箱開けるわけにはいかんし。拓真、どうせ俺の前で開けんやろ」
変なところで誠実な奴。
「ん!んん、やっぱ分からん」
「アホ。‥開けりゃええんやろ開けりゃ!」
「お、まじ?」
俺はため息をついて、箱の赤く細いリボンを解く。
パカッ、と雑に蓋を開けると、そこには銀紙で包まれた小さなハート型のチョコが、6つ、入っていた。
「お!お!まさかほんまに!」
俊は一粒、チョコを取り出し、銀紙を剥がし出す。
チョコの茶色い輝きが覗き、俊は「わあ」と、まるで宝石を見つけた探検家のように目を光らせた。
「ま、ま、まじでチョコや!なんで、俺やなくて、コイツが貰えるんや!」
「知らねえ。」
「てか、お前なんでそんなテンション低いん。チョコ、貰ったんやぞ?」
「‥そんなに欲しいんか。チョコ」
「バカ!当たり前やろ、日本男子の夢やぞ。女子からチョコ貰うのは」
俺は蓋を閉じて、俊の前に掲げる。
「なら、やるわ」
「はあ?」
「俺、別にこの学校に好きな子おらんもん」
俊は興奮でぱっちり開けていた瞼を、ゆらりといつもの半目に戻す。
「いや、わけわからん」
「‥」
自分でも滅茶苦茶なこと言っているのは分かっていた。分かっていたさ。
「欲しいんやろ。いいって。やるわ」
「は?なに。気取っとるんか?ウザいで。それ」
俊は、変なところで誠実な奴なんだ。
「クサイこと言うけどさ、お前に勇気出してチョコ引き出しん中入れた女子のこと考えろよ。もし、この会話を、本人が聞いとったらどうするん」
「知らんし。そんなん」
俊は呆れたように目の前にある俺の、チョコを持つ手を腕でどかした。
「恥ずかしがってんなや。渡した本人が、一番恥ずかしい思いしてんやで」
俊はそう言い残し、自分の席に戻って行った。
そうか。一番頑張ったのは、俺にチョコをくれた女子か。その女子は、俺がいま羞恥心以上の苦しい感情を抱いているのことを、知らんのやろうな。
俊に、女子からチョコを貰ったことが恥ずかしいと思われたこと。その勘違いが、俺の淡い恋心を潰した。バレンタインの主役は、女子なのだ。俺じゃない。そして、きっと、俊の隣は俺じゃない。
放課後。俺の鞄に入っている、「俊へ」と書かれた箱を、俺は帰って捨てた。