まだ日は東の空遠く
静寂の奥
早起きの蜩だけが
この世界を知る
国道を外れた畦道を歩く
熱帯夜の名残が
行く手をゆらゆらと暈す
大きく育った緑が
まだ濃い藍色が残った空と
グラデーションを作る
まるで世界にひとりだけのような
この時間
いつまでも変わらないでほしい
いつまでも忘れたくない
薫風、朝凪、夏霞
──────────────夏の匂い
どれだけ大きな声を出しても
届くことは無い
「ここにいるよ」
ただそれだけを伝えたいのに
52Hzの鯨は今日も何処か
青く、深い海の底で
ひとり静かに泣いている
目の前にいる君に
その声が、想いが届く日を夢みて
─────────────青く深く
「人生は長い旅だ
毎日は冒険だ」
これは
日々努力して、自らを成長させている
活力的な人たち
その人たちだけの言葉だと思っていた
ただ過ぎる時間に身を任せて
驕らず焦らず無理もせず
淡々と生きている普通の私には
縁のない言葉だと
でもさ
人生も毎日も、
その人の内情など知らんと言わんばかりに
勝手にやって来て
勝手に過ぎ去っていくもの
平等に与えられた試練でもあり
褒美でもあるのかもしれない
私も、あの人も、君だって、
1秒先の未来で何が起こるか
そんなことわからないだろう
それなら、その平等に与えられた世界を
どう進むか、どう色付けるか
決めるのは私だし、あの人だし、君だよ
それ即ち
生きている、その事こそが
長い旅であり、冒険である
そういうことだろう?
さあ、どう転ぶかなんてわからない
もしかしたら一瞬の判断で死ぬかもしれない
だけどもう止まれない
行こう、まだ見ぬ世界へ
明日へ
──────────────まだ見ぬ世界へ!
綴
人が持つ五感のうち
死ぬとき最後まで残るのは
聴覚らしい
日々生きる中で
人は多くを覚え、そして忘れる
人が人を忘れる時に
最初に思い出せなくなるのは
その人の声
いつか最後が訪れるなら
その最後に
君に何を言おう
何を伝えよう
───────────────最後の声
綴
たとえば、
君の寝顔に向けて「いってきます」と言う朝だったり
「疲れた」という君に「えーもう?」と毒づきながら合わせる歩幅だったり
洗濯機から取り出した君の抜け殻についた皺を丁寧に伸ばす瞬間だったり
半分こしたドーナツ、少し大きい方を君にあげたり
怖い夢をみた、と夜中に起きてきた君より先に寝ないようにしたり
──────────小さな愛
綴