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10/17/2023, 2:13:40 PM

【忘れたくても忘れられないこと】


「忘れたくても忘れられないことがある」と先輩は言った。僕はその言葉の意味が分からなかった。ベッドに転がって、真っ白いシーツに真っ白い肌を同化させながらお喋りは続く。
「忘れたいなら、考えなければ良いじゃないんですか?」
「それが出来ないから、忘れられないのよ」
溜息を吐くようにそう呟いた先輩の声が窓から逃げていく。
僕はなんと無しに窓の外を眺めて、真っ暗な空に光る沢山の星明かりに照らされた枯れ木が、秋の夜風に吹かれてれハラリと1枚紅葉を落とす瞬間を見た。
「先輩って、四季ならどれが好きですか?」
「は?なによ唐突に」
「んー、特に意味はないです。強いて言うなら雑談の適当な話題作り」
「貴方ねぇ……」
また呆れたように先輩が溜息を吐いた。
「先輩、あんまり暗い顔してるとまた風邪ひきますよ。体弱いんだし」
「ッ……うるさいわね。私は弱くないわ」
「あはは、強がり」
僕は先輩が季節の変わり目に体調を崩しやすいのを知ってる。
「……で、なに?好きな四季?」
「はい、先輩は寒がりだから、やっぱり夏が好きですか?」
「いやよ、あんなあっついだけの季節」
「ありゃ、外れた」
「私が好きなのは春よ」
先輩が僕じゃないと全然分からないぐらいの分かりにくい笑顔で小さく笑った。
「それ、僕と出会ったのが春だから?」
「あんま調子のんな」
ぺし。先輩が僕の頭をはたいた。でも全然痛くない。
「先輩ひどい……」
「なによ、文句あるわけ?」
「ない……」
「ふふっ、なんでそこで素直になるのよ」
先輩が僕じゃなくても分かるぐらい分かりやすい笑顔で笑った。
「でも、納得しました。先輩花好きですもんね」
僕は先輩が飾った、花瓶に挿さった真っ赤な沢山の薔薇達を見てそう言った。
「うん。好き」
僕は花を見る先輩をずっと見てたい。
「先輩、僕はやっぱり、忘れたいなら考えないのが一番だと思います」
「……その話に戻すの?」
僕は小さく「うん」と頷いた。
「先輩は何を忘れたいんですか?」
「そうねぇ……」
先輩が考えるように瞼を伏せる。
「花言葉……とか?」
先輩の綺麗な薄緑の瞳が、どこか遠くを見るようにぼんやりとしたのが分かった。
「花言葉?」
「えぇ、私。花言葉を忘れたいの」
「なんの花?」
「んー、忘れたいから、考えないわ。貴方の言う通りにね」
「えぇ、気になる」
「いやよ。考えないの」
先輩が意地悪だ。キラキラ光る星を見る目は、ずっと優しいのに。
「先輩、僕。僕は考えてても忘れちゃう。先輩のこと、ずっと考えてても、忘れちゃう」
僕の声が震えてるのが自分でも分かる。
「大丈夫よ。貴方は忘れても、また考えるわ。」
先輩が笑った。女神様見たいな笑顔だと思ったけど、女神様の笑顔なんて見たこと無いから、やっぱりこれは先輩の笑顔だ。
「僕、先輩のこと好きだよ」
「私も貴方のことが好きよ」
僕が好きと言うと、先輩はいつも好きと返してくれる。らしい。一週間前のノートにも、二週間前のノートにも、三年前のノートにも書いてあった。僕らはずっと両思いだ。
「ねぇ、一緒に寝ましょっか。貴方が眠るまでいっぱいお話しましょ」
「……うん。明日の僕に変わっちゃう前に、話す」
先輩が僕の頭を撫でた。ベッドに2人分の体温が乗っかる。
「先輩、明日になったら、もう三本薔薇買ってきましょうね」
「貴方……もしかして気づいてるの?」
「んー?先輩が薔薇を15本しか買ってきてないことに?」
これはさっきの仕返しの、ちょっとした意地悪。
「ッ……もう!私が馬鹿みたいじゃない!」
僕は笑った。多分、世界一幸せな笑い声だったと思う。
「ね、先輩。謝んなくて良いよ」
「………」
「先輩、僕は明日も先輩のこと考えるから、先輩も僕のことを考えてね」
「……私はずっと貴方のことしか考えてないわよ」
唇に暖かいキスが降ってきた。あーあ、また1から先輩に恋出来るなんて、今日よりもっと大っきくなった先輩の愛を受けられるなんて、ズルいなぁ。明日の僕。もういっそ99本の薔薇にしてやろうかな。
「おやすみ、先輩」
「えぇ、おやすみ」
ま、それは明日の僕が考えるか。