※百合、不穏
【物語の結末は】
蝉時雨に包まれる中、君の涙が夕日を照り返していた。
次から次へと溢れて止まらないそれを、ずっと眺めていたかった。
……でも。
「里穂に一番似合うのは、笑顔でしょ?」
柔らかな茶髪をさらりとかきあげ、その頬の涙を拭う。
白くてしっとりしてて柔らかくて、こんな素敵な存在に触れていい事が未だ信じられない。
震えを押さえ込んで、そっと壊れないように撫でる。
そうすると、この手の中の何よりも愛しい花がほころぶのだ。
「へへ、だって、私が美優ちゃんとなんて、信じられなくって」
「何言ってるの、私こそ信じられないよ」
「嘘だぁ!」
「嘘な訳無いよ」
本当は喋るのも難しいくらい心臓が跳ねていて、そんな胸の内を全てさらけ出してしまいたい。
でも、今はまだその時じゃないから。
まだ暑さを残した風が、私たちのスカートを揺らす。
「……美優ちゃん?」
まだ涙の残る潤んだ瞳が私を覗き込む。
小さな雫の着いたまつ毛、少し赤く腫れ上がった目元。
そしてただあどけなく私だけを映す瞳。
────その全てがあまりにも美しくて。
「夢みたい」
思わずこぼれ出た言葉に、里穂は首を傾げる。
そして途端に顔をまた真っ赤にした。
「え、ゆ、夢みたいって、こっちのセリフだよ!?だって私なんかが……っ」
ぎゅ、と私が両手を握るとびくりと身体を震わせる里穂。
「なんか、って言うならさ」
そのまま私は《彼女》を抱き寄せた。
「夢“なんか”じゃないって、言って欲しいな」
「あ……」
おそるおそると言った手つきで背中に腕がまわる。私が力を込めると、彼女もそれに応えてくれた。
未だ鳴り止まぬ蝉時雨。
予定より少し遅くなってしまったけど、とても順調にことは進んでいる。
どくどくどくと渾然一体とする私達の鼓動。
初めて出会ったあの時から、綿密に描いてきた理想図。
「……みゆ、ちゃ……っ」
「ずっと一緒にいようね、里穂」
誰にも、死んでも、渡しはしない。
そもそもそんなことは起きない、有り得ない。
なぜなら最初から決まっているから。
だってこれは運命なのだから!
笑顔が一番、なんて言ったけれど。
やっぱりどんな顔も可愛い。どんな時だって可愛い。
小さく愛らしい手は弱々しく私の腕を引っ掻くと、そのままとすりと地面に伏した。
さあ、予定通りのフィナーレへいきましょう。
※BL
【ミソラとライヤ】
青天の霹靂って、この事だろうか。
「·····深天·····?」
「なに、雷弥」
俺が呼びかければ答えてくれる、少し高いけど落ち着いた声。
ただ一つだけ違った。
憎々しいほど澄み渡った8月の空を背に、確かにその瞳は光を灯していた。
俺がずっと、大切に大切に閉ざし続けてきた瞳だったのに。
異変が起き始めたのは、1つ前の冬の頃。
その日も今日とよく似て雲ひとつない青空が広がっていた。
深天────俺の恋人、春岡 深天(はるおか みそら)の吐く白い息が、横顔にいっそう映えていたのをよく覚えている。
明日、アイツは友達と海に行く。
アイツのことが好きなあの子も一緒に。
もし、明日晴れたなら。
太陽が窓辺の逆さまなこいつと、俺を焼き焦がしてくれないかな。
それくらいがいい、それが丁度いい。
燃えろ、燃やせ、燃やし尽くせ。
地獄の業火となってくれ。
【ちゃちなカリギュラ】
たいせつなおともだちだから、いたいことしないでね。
その日、園庭で密かにアリを潰していた。
この本はママのだから読んじゃダメ。
いすを使ってなんとか叩き落として読んだ。
子供なんだから大人の話し合いに入ってこないで。
私が悪いから、それでいいから、もう喧嘩しないでよ!
面会の時間は16時半までだからね。
帰りたくないよパパママって車の中で泣き叫んだ。
ガムはルールでダメだから、保育士さんに預けてね。
裏庭で座り込んで、土の中に味のしないガムを埋めた。
寄り道しないで帰ってきなさい。
友達と駄べりながら何本もバスを見送った。
あんたより不幸な子もいっぱいいるんだから、我儘なんて言わないの。
いつか目にものみせてやると布団の中で首を掻き毟った。
あんたが最年長なの。みんなを引っ張る役目なの。しっかりしなさいね。
私は子供だ私は子供だ私は子供だ。
大事な将来なんだから、正しい道を選びなさいね。
名前を書くだけで入れるマンガの専門に入学した。
1人でいつもつまらないの?なんで皆と話さないの?
どうでもいい事を引き伸ばして面白おかしくして、無邪気なように振舞った。
次の課題の提出期限は夏休み前になります。
飯も食わないで、風呂も入らないで、ただ死んだように眠っていた。
多少の不幸と、反骨精神と、3%側の人生。
あなたは不幸だったんだから、もっと甘えて生きてもいいのよ。
単発バイトと、やる気のない就職活動の日々。
お酒はルールでダメだから、ここにいる間は飲まないでね。
人気のない公園で缶を揺らしながら、3本目の紫煙を吐き出す夜。
ホールの安定のために、歯でいじったりしちゃダメですよ。
2日前に開けたばかりの舌ピアスをカチカチと鳴らした。
相変わらず光のないこの目に他人を映す余裕なんてない。
さて次はどう反抗してやろうか、なんて目論む「私」のひとつだけの影が伸びていく。
【副題:ダイジェスト】
※BL、不穏です。苦手な方は飛ばしてください。
淡い、ブルーグレーの瞳が輝いている。
黒く荒ぶる海が、崖の下を叩きつけて乱反射しているせいだ。
「ハリー、危ないよ」
乱反射を受けていっそうキラキラと輝く亜麻色が振り返る。
そしてふふ、と可笑しそうにぼくに笑いかけた。
「危ないなんて今更じゃないか、コウタロウ」
「·····それもそうだね」
こんな時だと言うのに、ぼくらはくつくつと笑い合う。この澄み渡った空のように、無邪気に笑い合う。
己が死に場所を目の前にしながら。
浜辺で聞いたことのあるそれよりも重い波の音。
まだ冷たい春先の潮風が、後ろにそびえる木々と座り込んだぼくらを寄り添わせる。
着の身着のまま出てきた2人が纏う外套、その中に隠された襟の詰まった制服が所在なさげに軋んだ。
「皆は今頃、校歌斉唱でもしてるのかな」
思い出したようにハリーが呟いた。
「“熱い人”が多い我が校だ、まだ卒業証書授与の最中じゃないかな?」
「確かに!2組の武田先生は絶対に泣きながら点呼するのだろうねぇ」
ついぞ見ることは叶わなかった鬼の目に浮かぶ涙と、それに呼応するようにびしゃびしゃと広がっていく涙の波紋はさぞ汗臭かったことだろう。
またぼくらはくつくつと声を潜めて笑い合う。
ここには2人だけなのに、学舎が育てた2人の秘密は互いの根の根まで染み付いてしまっていた。
「·····もう、そんな事どうでもいいのだけれど」
「?」
「ううん、何でもないよ」
それからまた少し話をして、ひとしきり笑い合ったあと、ぼくらはどちらからともなく口付けをした。
いっそう冷たくなった潮風が体温を奪う。
夕暮れが近づいていた。
誰にもその心を悟らせまいとする静かな黒。
僕とは違う国の血がさらさらと線を流す黒。
しかし僕の前だけでは如何様にも姿形を変える、愛おしい黒。
これからもずっと、僕だけの。
「潮時かな」
西日が段々と陰らせた、君の姿形が唇を動かす。
「·····海だけに?」
「最後まで相変わらずだね、ハリーは·····」
困った様に笑う君の顔に確かな愛情を見て、胸の辺りがとろんと温かくなるのを感じる。
こつ、とつま先に当たった小石は弧を描いて視界から消える。眼下に広がる潮騒の中へと飲み込まれたのだろう。
少し踏み出せばあの小石のように僕らを飲み込むであろう景色が、怖くないと言ったら嘘になる。
それでも───────
ぎゅうと握り締めたこの温かさが、僕だけの黒が、僕だけの愛が、コウタロウが。
「誰かのものになんて、させるか」
はっと横を見やると、誰もを射抜くほどにいじらしく歪められた視線が僕を捉えていた。
その刹那、走馬灯と言うにはまだ早いはずの記憶の濁流に飲まれる。
【お題変更により時間切れ】
皆さんの投稿を流し見していたら、やはり綺麗なものに劣等感は付き物なのだなと思いました。
ビー玉、猫の瞳、子供の瞳、醜い自分を映す瞳。
似たりよったりの中にこそそれぞれの個性が見えるようで、なんだか面白いですね。