「こんな筈じゃ無かった」
そう呟きながらベッドに倒れ込む。顔を枕に沈める形でダイブしたため両手で持ったスマホを掲げる体勢になった。
通勤距離と人間関係という、割と重要なポイントがクリアされてる職場を変えようと思った。理由は至ってシンプル、
「遊ぶお金が欲しい」
ただそれだけだった。
何も最低賃金ギリギリの限界生活というわけではない。手取りから生活費を引いても、慎ましやかな生活を送れば多少の貯金は出来るぐらいは貰ってる。
学歴や資格など、企業が諸手を挙げて歓迎するような何かもない自分は程々の経歴を引っ提げで程々の給料の所に就職した。なので今より給料を上げるには、程々の年数を働いて、昇給を待たなければならない。
「でも、それじゃあ…」
そう、それだと“今遊ぶお金”に回せない。今やりたいことを楽しむには、何はともあれ遊ぶ金が必要なのだ。お金が無くても楽しめることは数あれど、悲しいことに自分が楽しいと感じることには少なからず費用と交通費が掛かるのだ。
副業という手もあるが、休日を潰してまで働くと今度は遊ぶ時間が無くなってしまう…あと、そこまで労働すると自分の中の何かが確実に減る。そしてそれは簡単には回復しない。上手く言えないがやめた方がいいという確信があるのだ。
そうして考えた結果、「もっと給料良いとこに転職しよー!」と転職サイトに片っ端から登録。今より給料が良くて、年間休日数のしっかりした自宅から片道30分圏内の仕事に応募しまくったのが2ヶ月前、結果は惨敗。
「新しい求人に応募しようにも、もう目ぼしいやつは全部受けた後だしな…」
スマホで新着求人やスカウトメールをチェックするが、届いてるのは一年中求人を出し続けてる香ばしい会社や、応募条件からして自分はお呼びじゃないやつばかりが並んでる。転職始めに見たスカウトラッシュなんぞとうに過ぎ去っていた。
(そもそも、)
いい加減腕が痺れて来たので、寝返りをうってスマホを下ろす。真っ暗な画面に映るやる気のない自分。
そう、そもそも今の自分はやる気がないのだ。やる気が無いけど、なんとなくお金が欲しくて惰性で面接を受けては落ちているのだ。そりゃあ受かる筈もない、だって一緒に面接を受けてた人より熱意やらなんやら足りてないのだから。
転職したかったのは本当、お金が今より欲しいなって気持ちも本当。でも、今の会社から抜け出したいかと言われると返答に詰まる、そんな中途半端な状態で必死さに欠けていたのだろう。
「あー!!転職ってもっとこう、ふわっとした感じでもイケると思ってた!」
スマホを布団に沈めて、ゴロゴロ転がりながら独り言ちる。脳裏に浮かぶのは自分の活躍を祈る文面と、遥々電車で事務所に伺った対面面接の移動費用だ。WEB面接じゃないから日程調整に手間取った分、切なさが他よりプラスされている。
別に何がなんでも今の会社を辞めたいわけじゃない。それでも、今辞めたらこの2ヶ月間会社にバレないようせっせと活動した全てが無駄になる。プリンターが無いので履歴書や職務経歴書をコンビニコピーした費用やせっかくの土曜日を潰してキャリアアドバイザーと会話した、その全てが。
(うん、やっぱりもったいない。)
布団から半身を起こしてスマホを付ける、新着のお知らせが無いことを確認してアプリを終了する。ひとまず、自分のやる事は決まってる。“遊ぶ金を稼ぐこと”それは譲れない。なので、転職活動は続けるしいずれは今の会社だって辞めるだろう、そのためには行動あるのみだ。
起き上がった勢いで身支度を整える、服は着替えていたから直すのは髪の毛くらいでいいだろう。鏡で軽くチェックして財布やら鍵やら入れっぱなしの鞄にスマホを雑に投げ入れる、準備完了。
とりあえず、神社に神頼みしてその帰りにコンビニで職務経歴書コピーしますか。
いつも通り定時ダッシュを決めて電車で10分、乗り換え無しの一本。最寄駅から自宅までの間に、ドラッグストアもコンビニもある便利な立地。
傘をさしながらエコバッグの中を濡らさないように歩くのが難しい、早々に歩きスマホを諦めて真っ直ぐ人通りの無い道を進む。Googleマップ片手に、現在地を確認しながら帰宅してたあの頃とはえらい違いだ。
それもそのはず、職業選択の無さに耐え切れず地元を飛び出したのはもう何年も前だ。それでも家の扉を開けた時の真っ暗な部屋を見るたびに、ホームシックとはまた違う何とも言えない寂しさを感じるけど。
なんとなく廊下の電気を付けっぱなしにしてキッチンへ向かう。いつもなら節電のために小まめに消してるけど、今日みたいな日は多めに見てほしい。エコバッグの中は死守出来たけど、スカートや通勤鞄は濡れてしまったし雨の日特有の頭痛にだって耐えて働いたんだ。
生鮮食品は全てしまったし、今日はもう寝てしまおう。
コールスローサラダを買っちゃったけど、明日の朝ごはんにすれば大丈夫だろう。帰りの電車でみた予報だと明日は晴れるみたいだし、明日になればきっとこんな気持ちも収まってるはず。こんな全部投げ出して、ひたすらに泣きじゃくりたくなるのは、きっと全部雨のせい。
今日の雨が終わって、晴れの明日になったらこんな自分とはお別れして、いつもの自分が待ってるはず。