ただその時の気持ちを
これしかないって言葉で
言ってくれたらもう
百万の褒め言葉にも勝るよね
(愛言葉)
AとBと、夜の海を見る。
堤防に街灯なんか無いのに、向こう側の沢山の灯りでぼんやりと明るい。ここから見るドーム型の光は未来の温室みたいだ。
私達は随分長く生きて、子を沢山産んで、その子がまた子を産んで、見送った事も数え切れないし、一人目の夫は顔も名前も忘れてしまった。
何百年経ったろう。世界は変わり続けているのに、私達は何も変わらない。
Aはずっと喋り続けて、Bは煩わしそうに時々相槌を打つ。私はそんな二人の話を聞いている。
何十人目かの夫を各々見送って、久々の再会だというのに、本当に何も変わらない。見た目も、話す内容も。少し前のいつかの再現。
最近ハマっているものだとか、昨日食べたものだとか、共通の知り合いの近況だとか、そういうの。
Aの「ねえねえ」「そういえばさあ」「最近私ねえ」が八割で、Bの「あんたいつもそう」「聞き飽きた」「馬鹿ねえ」が二割。
私は目を細めてその様を眺める。時々、砂利集め船がボーウと鳴く。
頃合いが来て、Aの「じゃあそろそろ」から始まり、Bの「また近い内に」で仕舞う。
お互い手を振りながら、Aは町に、Bは森に帰る。二人の背中が消えて、私だけの静かな夜だ。
向こう側はまだ昼間のように煌々と明るい。沢山の、本当に沢山の人がいると聞いたことがある。営みと、文化と、繁栄…それらは私には想像もつかない。
ずっと見ていても、分からないものもあるのだ。
なのに、ずっと会っていなくても、変わらないものもあるらしい。Aの呑気な笑顔と、Bの仏頂面を思い出し、フフと笑う。
夜空を仰ぐと、仄暗い黒。昔々は沢山の星が見えたという。
どんなだろう…思い巡らせながら、海に帰る。水面は色とりどりの光に揺れて、水は今日も、優しく冷たい。
(友達)
まだあたしだった頃の私を拾いに来た。
実際の風景と、ずっと持っていた風景にはズレがあって、上手くはまらない。なんとかはまった部分は盛り上がって、そこだけ異世界のようだ。目眩がする。行き交う人達が、双子にも、三つ子にも見える。
それでもなんとか、商店街の端に、空き地の中心に、歩道橋の上に、あたしを見つけた。
あたしはなんだか不安そうで、暇そうで、そして俯いて何かを探している。
何を探していたんだっけ。
どこのあたしも、ひとしきり探したら、走ってどこかへ行ってしまった。
最後のあたしを見つけた時、それはすっかり女の子で、制服なんか着て、お友達と同じように笑っていた。もう俯いて何かを探してはいなかった。
夕陽を背負い、かつての家路を行く。数歩離れて私も歩く。もうすっかり風景とのズレは無くなって、世界は終わろうとしているのに、こんなにも鮮明。
あたしが少し振り返った。驚いて立ち止まった時、目の前を電車が駆け抜けた。
「 。」
ふいに出た言葉は喉奥で消え、視界が抜けた踏切の向こうに、もうあたしはいない。
世界は遮断され、風景の線は単一になる。
見つけたのかしら。それとも
見つかったのかしら。
足元を見ながら、自宅に帰る。
いつの間にかすっかりの夜。歩き慣れ始めた道。俯いてはいるが、何かを探しているわけじゃない。
…拾い忘れたものがあったような。
ガード下を通る。電車は頭上を行く。世界は並行して在る。
少しずつ、落として、置いていく。
またね。
(行かないで)
高く投げる
幼稚な空想と
空っぽの哀愁を
空は高く、高くて
無かった事にしてくれる
永遠なんて要らないから
ここで境と決めました
空々しくも
私が中では
真理
空は高く、高くて
宇宙が落ちてくる頃には
とっくにもう帰ってる
今 ここ だけの
決意
決めました
おーい おーい
さようなら
元気で
(どこまでも続く青い空)
一つ一つ確かめながら
一つ一つ捨てていく
選んで、悩んで、迷って、捨てる
沢山の新しい無駄の中で
残るものはいつも同じ
前にも後ろにも進まない
結局のところ、という
諦めと言い訳
温くて心地よい平穏
という思い込み
今年も
唯一つの赤すら足せない
(衣替え)