玄関ドアを手前に引き、ワンテンポ遅れてただいまと声を掛ける。部屋の奥から微かに聞こえるのは、鳴っては消える楽器の音。生憎、私の耳は絶対音感を持ち合わせていない。音から楽器を推察する能力も。
おかえり、という声とともに音が再び鳴ることはなくなった。
彼女は仕事の傍ら、パソコン一つで楽曲を作り動画投稿サイトに投稿している。その制作過程を聞くことができ、また完成した楽曲を真っ先に聴くことができるのは同居人である私の特権だ。
初めて彼女の曲を聴いたとき、私はどうしようもない感動を覚えた。音の一つ一つの粒立ちが、まるで夜空に輝く星々のようで。彼女の手のひらには確かに宇宙が広がっている。
冬空の下二人、里山へ散歩へ行く。凍てつく空気は肺を徐々に蝕む。吐く息は白くなる。
道路が狭いため、意図せずとも手袋越しに手が触れる。だが、全くロマンチックではない。恋人──でもない。多分。
二人の間をすうっ、と風がいたずらする。このまま離れてしまうのではないかというほんの少しの不安と、そんなわけがないという絶対の安心がここにはある。
彼女は泣かない。
男が泣いていいのは生まれたとき、親が死んだとき、愛する人が死んだとき、推しが死んだとき───などなどあるがそんな比ではないし第一、女の子である。
きっと彼女が泣くときは、人々が血涙しているとき。彼女が咽び泣けば世界は滅びているのだろうか。
何にせよ、透明で美しい珠のような涙にきっと私は見惚れるのだ。
朝は重たい足取りで教室へと向かい、放課後は荷物は重くなったのに反して軽い足で音楽室へと向かう。
あなたのもとへ向かうため。あなたの音を聞くため。
今は、それが自宅となった。私たちの関係はそういうものだ。
(筆者本日一限目体育持久走也。大変鬱。又、最近風邪気味喉痛大変鬱。小説休願。度々申訳無。深土下座)