貴方にそっと呪いをかける。
それは貴方の翼を千切って、首に輪を着けた。
貴方は優しいから。
私の呪いを受けた貴方は困ったように笑った。
その表情を見た私はズキリとした罪悪感、そしてそれ以上の安堵感が湧いた。
「私を置いてかないで、何処にも行かないでよ‥‥」
〜 どこにも行かないで 〜
僕は大雨のなか山の中腹にいた。
シナリオはこうだ。
山登りをしていたが急に雨が降り出した。
僕は1人、天気予報を調べることを忘れて濡れた斜面で滑落、晴れて事故死ということで幕を閉じるわけだ。
別に人生に絶望したとかそういったことは思っちゃいない。
ただ何となく疲れた。そう感じてこの計画を実行に移した。
僕はいつ滑るかとワクワクしながら山道を進んでいく。
しかし、どれだけ雨足が強くなっても、なかなか足が滑らない。
自分で故意的に落ちるとなると勇気がいる。
出来れば完全に事故として終わりたいのだが……
気付けば雨が止んでいることに気付く。
いや、止んだんじゃない。
雲の上まで上がって来たんだ。
あれだけ大雨だったのに結局自分は頂上まで来たんだ。
これじゃあまるでただ雨の中ぜ登山をしてる修行僧みたいじゃないか。
僕は何だか可笑しく思えて頂上で1人、大笑いをする。
しばらくのんびりするかぁ。
眼下に広がる雲海を眺めながら「書く習慣」というアプリを開いた。
海面が上昇してボートの上で生活するようになって10年程が経っただろうか。
日毎に周りにいるボートは減っていって。
気付けば周りにあるのは空のボートだけになってしまった。
どうやら私にも順番が回ってきたようで、海水の影響で今まで太陽エネルギーでなんとか動かしていた電子製品も全て壊れてしまった。
まぁこんな世界で長生きしたほうだ。
あとはのんびりと死を待つだけだ。
ボートの上で仰向けに寝転ぶ。
辺りは暗闇に包まれていて。
空には世界が水没したことによってよく見えるようになった星々と満月が1つ。
何度もボートの上で1人見上げた夜空が何故か、生きることへの執着を辞めると美しく見えて。
その夜空を最後、目に焼き付けて瞼を閉じる。
ゆりかごの様にボートが揺れているのを感じながら眠りについた。
〜「美しい」〜
私は君と歩いているフリをしてる。
一緒に遊んで、笑って。
だけど本当に言いたいことを言えない自分が居て。
1人になって自分の気持ちを全部吐き出したくても、上手く吐き出せずに自分を誤魔化して。
いつか君に全部話したい。
それでも君は笑いながら一緒に歩いてくれるかな‥?
ザーザーと雨が降る図書館からの帰り道。
私の鼓動は雨音が聴こえないほどに高鳴っていた。
学校の前を通り過ぎるとき、校舎の入り口で部活帰りの彼が手ぶらで空を見上げて困ったような表情をしているのを見つけた。
私は数歩ほど道を引き返して予行練習を始める。
『良かったら私の傘に入る?』
よし、大丈夫。
たった一言伝えれば良いだけだ。
彼をじっと見つめながら近づく。
誤って水溜りに思いっきり足を踏み入れてしまったが、そんなことは意識の外だった。
しかし、近づいていると不意に校舎の入り口から私の友人が姿を現した。
彼女は折り畳み傘を彼に見せびらかす様に2本見せつけると、そのうちの1本を彼に手渡して談笑を始めた。
高鳴っていた胸にズキリとした痛みを感じる。
………私にもっと勇気があればなぁ。
ぼやけた視界、水溜りで濡れた靴を見つめて独り、帰り路に着く。
大きな傘の中、大きな秘密には雨が降っていた。
〜傘の中の秘密〜