いつまでもここにいるよ
わたしはどこへも行かない
あなたの気が向いたときに
ここへ戻ってきてください
自由に疲れたとき
大切なものと決別したとき
不意にここを思い出したとき
いつでも
いつまでも
わたしはあなたを待ち続ける
待つことだけしか
できないわたしを
哀れむ必要はありません
月が出るのを待つように
ここで誰かを待つことが
わたしの仕事なのです
たぶん
もうずっと昔から
#きっと明日も
父に建ててもらった
白い小屋
十五歳の日にもらった
ひとりだけの部屋
若い思春期の時を
笑顔も涙もないまぜに
大人になるまで
この身体を囲み
包んでいた小部屋
安らぎと孤独の
同居した部屋
今はもう殺風景な白さばかり
廃れた空き地に佇んで
生きた気配のない
命の灯が消えたただの箱になり
わたしが足を踏み入れても
よそよそしく乾いた音をたてるだけ
この部屋がなくなっても
誰も気に留めはしない
わたしの生きた日々が
消えるでもない
それなのになぜだろう
胸の中に息づくわたしの一部が
今にも消え入りそうに
痛い
#静寂に包まれた部屋
いろいろあるね
生きていたらね
あなたは言って
なんでもないように
微笑んだ
わたしには見せない
笑顔の裏を
遠い風景を見るように
わたしは眺めている
こんなのは
通り雨みたいなものよ
取り繕った笑顔を
はぐらかす意味を
わたしは知っているから
知らないふりで目をふせて
雨に濡れるあなたの心に
黙って傘をさしてあげたい
#通り雨
いつもの町が離れていく
自分の力によらず
身体ごと運ばれていくのは
愉快なものだ
見慣れた景色が消え
真っ暗なトンネルの中で
窓に映る自分の顔を見るのは
奇妙に愉快なものだ
車窓の向こうの
どこともわからぬ場所には
家々がひしめき建ち並び
ここにも人の生活があるのだと
自分と関わり合いのない
窓越しに見える世界を思うのは
愉快なものだ
もしも
向こうからこちらの窓を見たときに
見知らぬ誰かもまた
同じことを考えているとしたら
そんな人がいるとしたら
この隔てられた世界は
ほんとうは繋がったひとつの世界で
あなたもわたしも
ひとりぼっちなわけじゃない
そう想像してみるのもまた
愉快なものだ
#窓から見える景色
証明のできないことや
絡まり合う矛盾にこそ
隠された真理もある
目に見えるものしか信じない
とあなたは言うが
わたしたちは
目に見えないものに依存しなければ
息をし生きることもできない
いずれ滅び去る形あるものに
時を費やすことのむなしさを
人々は気づかないようにして
今日も雑踏にまぎれてゆく
#形の無いもの