彼女と出会ってからどれほど経っただろう。
街中をぶらついていて、たまたま入った十字路の道をふと振り向いたとき、目先の曲がり角に妙なものが見えた。
目を凝らすと、尖った耳の生えた猫のような頭の生物が、人間よろしく2本の足で立っている。遠目で見た限りではただの幻か、自分の思い過ごしかとしか思わなかった。
そのまま気に留めず素通りしたのが全てのきっかけだった。
それ以来、"彼女"は私の生活に入り込んでくるようになった。
あのときはほとんど分からなかった彼女の姿が、次第に細部まで見えるようになるほど、彼女は日毎私のもとへ近づいてきたのである。
白い毛並み、尖った耳、大きく裂けた口、鋭く並んだ牙、そして何より、彼女の目には眼球がなかった。眼球があるべきはずの場所にぽっかりと開いた大穴は、内部が赤く染まり、溢れた血が筋となって頬を伝っていた。見るからにおどろおどろしい顔立ちだが、それとは裏腹に、風貌は非常に小柄で華奢な少女に似ていた。黒いブレザーを思わせる服にスカートを履いた足は、顔と同じく白い毛並みを纏った動物のそれだった。背後で長い尻尾が優雅に揺れている。眼球が無いながらも私のことはしっかりと認識できるようで、じっと私を見つめながらモジモジと手を動かしている。人間の女性が好意のある異性を前にしたときと何ら変わらぬ素振りだった。彼女は言葉を話さず終始黙っているが、思いつきのように彼女の感情が頭に浮かんでくる。彼女は私に危害を加えるつもりはなく、ただ気に入った者の傍にいたいだけらしかった。なぜ私が彼女のターゲットに選ばれたのかは皆目不明だが、害をなすものでないのであればひとまず放っといて良さそうだった。
ただ……
私は申し訳ない気持ちで彼女に言った。
「か、顔だけはなんとかしてくれないかな…?」
それを聞くと、彼女は不意に耳を下げてすこし悲しそうに項垂れ、そのままスウーっと霧のように消えてしまった。
その翌日から、彼女は私の前に現れるときは決まってシーツを被るようになった。全身すっぽりと覆い隠し、足と尻尾だけが見えているおばけの仮装のような格好だ。目の部分が丸くくり抜いてあるおかげで少し眼孔の赤色が見えるが、前日のときよりかは接しやすい気がした。なんとかこちらの気分を害すまいとする様子が健気にさえ思えた。
私が彼女の存在を受け入れ心を開くうち、彼女も私に対して様々なアプローチを重ねた。仕事に疲れて遅く帰った日には、慣れないながらも懸命に肩を揉んでくれたり、不運が続いて気落ちしている日には、自身のお気に入りだというアロマを焚いてリラックスを促してきたり、そんな感じで、私の日常にどこからともなく現れ、気がつくと私のそばにいて何かしら手助けをしてくれた。一人暮らしに寂れていた私の生活に、不思議な色合いが加わったようだった。
そんなこんなで今に至るわけだが、今や彼女は種族を超えた家族の一員だった。私の暮らしも、彼女の存在あってのものと言って過言ではない。私の隣の空席は、いつも彼女のためにある。
#ずっと隣で
好奇心ってのはね、ほんのいっときの偶発なんです。たまたま突き当たったときに、ふと、取り憑かれるものがあって、引き寄せられるように、試しに一歩踏み込んで、そうしたらどんどん心が疼き始めて、欲求にまかせてゴールのない迷路に走り込むんです。これまで何も感じなかったはずのことに対して、異様に首を突っ込みたくなるんです。それが何かなんて誰にも説明できない。別になんでもいいんです。理屈でも損得でもない。ただわがままにのめり込むだけなんです。
#もっと知りたい