小さな葉っぱ

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4/19/2023, 3:36:14 PM

※三次元(オ藁イのbmさん)注意
※BLではありません
※漫才日本一を獲る前の時間軸




 深夜にも近い時刻。
 自宅のコーポのドアが、重く苦しい軋みを上げながら開く。
 吉田敬は鉛のような体で部屋の中へ体を入り込ませ、ドアが後ろで閉まる音を何処か遠くに聞きながら淀んだ溜め息を吐いた。
 今日も朝から晩まで仕事。なのに売れているとは到底言い難い立場だ。色濃い闇に内心が支配されるのは仕方のない事たった。弱音よりなにより――。
 率直に、今日も疲れた。
 背中にやたら重量を感じながら、鞄を引きずってリビングに向かう。
 本音を言えば、このままベッドにダイブして深く深く眠ってしまいたい。しかしやる事はまだ残っている。
 風呂に着替えに、次のネタの読み返し。
 その前に取りあえず、とテーブルの前に座った。
 床へ無機質に下ろした鞄を手繰り寄せ、中から赤いマルボロの箱を取り出す。
 ライターの点く音が何処か虚しいのは、自分の心がそうだからか。
 この嗜好品に頼る頻度も最近やたら増えている。彼の寿命を犠牲に、苦味を伴う刹那の快感が精神のもやを少しだけ晴らした。

 “未来が見えたらどうする”
 向こうの壁を漠然と見つめながら考えるのは、今日の舞台で前のコンビが披露したネタの題材。
 吉田は憎々しそうに目を細めた。なにも見えなくて構わない、と。
 見たいなんていう奴は皆成功者に決まっている。自分のようなゴミカスの多くはそんな力はいらないと突っぱねる筈だ。
 ふと、タバコの先の灰が随分長くなっているのに気が付き、灰皿に落とす。
 見たい訳がない。この灰のように不要の燃えカスとなって捨てられる未来など。
 まだ焦げ臭さの残留する灰を、彼はただ濁った目で暗く見据えていた。


(おわり)

4/19/2023, 1:11:34 AM

(スーパーマリオのロゼッタのおはなし/※ワルロゼ匂わせあり)

 穏やかな春のある日。
 母の宝物を、幼い頃に見せて貰った事がある。宝石をしまうような箱から出て来たのは、つやつやと美しい光沢を放つ硝子の靴。
 なんでも父からの贈り物であり、大切な行事の時には履いているのだそう。
 まだ幼かったロゼッタは、憧憬に目を輝かせて母の宝物を見た。
 前々からシンデレラの物語に登場する硝子の靴に憧れを持っていたし、素敵な王子様に履かせて貰う事も夢見ている。
 自分も履いてみたい。母の宝物を見たロゼッタの中では、そんな思いが膨れ上がって強くなった。


◇ ◇ ◇


 春の訪れを祝う舞踏会がロゼッタの住まう城で開かれる事となった。

「いや! ガラスのクツ作ってくれなきゃでない!」

 城の中にロゼッタのワガママが響き渡った。
 “特別な日”があれば硝子の靴を履ける、というなんとも子供らしい短絡的な目論見からだ。
 現在でこそ冷静な大人な女性といった印象の彼女だが、幼い頃は年相応のおてんば姫を遺憾なく発揮していた。

「困りましたね……」

 母は自身の頬に片手を置いて少し首を傾げながら悩んだ。
 作ってしまうのは簡単だ。舞踏会にも間に合う。だが母の思いとしては、履き方を間違えれば怪我をしかねない代物を容易には与えられない。

「そうだわ……! これなら」

 母は妙案を思い付いたようだ。
 周りに諌められ、ぶー垂れた顔をするロゼッタの頭を母が撫でる。

「分かったわ。舞踏会の日に貴女へ素敵な贈り物をしてあげましょう」
「ほんと!?」

 一転して飛び跳ねながら喜ぶロゼッタ。
 そんな彼女を見て、母の口は綺麗な弧を描いた。


◇ ◇ ◇


 舞踏会当日。
 普段はのんき者であるお城のキノピオたちも朝から準備に大忙し。
 ドレスの着付け前の事。母がロゼッタの部屋へとやって来た。
 靴の入っていると思われる白い箱を両手で支えながら、母はロゼッタに歩み寄る。

「さあ、お母さんから素敵な贈り物ですよ」

 母がロゼッタの目線までしゃがむ。
 そして箱の蓋を透明感のある手でそっと開いた。
 
「わあ……!」

 中身を目にしたロゼッタは思わず感嘆の声を彩って出した。
 そこには母の硝子の靴と似た光沢を放つ、無色透明の靴が入っていた。
 母の思い付いた案というのは、余所行きの靴でよく見られるビニル製の靴を職人に作って貰う事だったのだ。

「ママ! ありがとう!」

 母の隣に移動し、弾ける笑顔で首に抱き付く。

「喜んで貰えてお母さんも嬉しいわ」

 すると、母は顔を少し真面目に引き締め、声を凛とさせる。

「ロゼッタ。本物の硝子の靴は、貴女にとって愛する人が現れたら、その人にプレゼントして貰いましょうね?」

 幼い故に“愛する人”の意味が分からず、ロゼッタはきょとんと首を傾げる。
 父や弟ではないのかと尋ねると、母はおかしそうにくすりと一度肩を揺らして美しく笑った。

「貴女にもいつか分かる日が来るわ。そうそう、最後にこの靴に飾りを付けて貰えるのだけど、選んでくれるかしら? ロゼッタ」
「うん!」

 母がドアに向かって呼び掛けると、靴職人のおじさんが入って来る。
 金属の縁取りが特徴的な箱の中には、何種類かのリボンや花飾りが綺麗に並べられている。

「カワイイ!」
「では姫様、お気に召したものをお選びください」
「どれにしよっかなー」

 一通り眺めていた時、あるものが際立って目に付く。
 時が一瞬止まる。運命のような思いが胸に流れ、その対象へぼーっと見入った。

「これが、いい……」

 うっとりとした夢現の中、一つへ指を指す。

「あら、素敵ね」
「ではこちらで」

 取り出され、持って行かれるそれをロゼッタはずっと目で追っていた。
 きっとこれは素敵な靴になる。ロゼッタの中では確信めいた思いが溢れていた。
 紫薔薇のコサージュ――。
 ミステリアスな印象のその色に、ロゼッタの中では異様な興味が湧いてやまなかった。