※三次元(オ藁イのbmさん)注意
※BLではありません
※漫才日本一を獲る前の時間軸
深夜にも近い時刻。
自宅のコーポのドアが、重く苦しい軋みを上げながら開く。
吉田敬は鉛のような体で部屋の中へ体を入り込ませ、ドアが後ろで閉まる音を何処か遠くに聞きながら淀んだ溜め息を吐いた。
今日も朝から晩まで仕事。なのに売れているとは到底言い難い立場だ。色濃い闇に内心が支配されるのは仕方のない事たった。弱音よりなにより――。
率直に、今日も疲れた。
背中にやたら重量を感じながら、鞄を引きずってリビングに向かう。
本音を言えば、このままベッドにダイブして深く深く眠ってしまいたい。しかしやる事はまだ残っている。
風呂に着替えに、次のネタの読み返し。
その前に取りあえず、とテーブルの前に座った。
床へ無機質に下ろした鞄を手繰り寄せ、中から赤いマルボロの箱を取り出す。
ライターの点く音が何処か虚しいのは、自分の心がそうだからか。
この嗜好品に頼る頻度も最近やたら増えている。彼の寿命を犠牲に、苦味を伴う刹那の快感が精神のもやを少しだけ晴らした。
“未来が見えたらどうする”
向こうの壁を漠然と見つめながら考えるのは、今日の舞台で前のコンビが披露したネタの題材。
吉田は憎々しそうに目を細めた。なにも見えなくて構わない、と。
見たいなんていう奴は皆成功者に決まっている。自分のようなゴミカスの多くはそんな力はいらないと突っぱねる筈だ。
ふと、タバコの先の灰が随分長くなっているのに気が付き、灰皿に落とす。
見たい訳がない。この灰のように不要の燃えカスとなって捨てられる未来など。
まだ焦げ臭さの残留する灰を、彼はただ濁った目で暗く見据えていた。
(おわり)
4/19/2023, 3:36:14 PM