放課後。放課後?そんな物、僕にあるはずないじゃん。友達と約束して、カラオケ行って、勉強して……そんな理想の中みたいな放課後なんて、あるわけない。
そもそも、理想の放課後。それ以前に普通の放課後さえ送られていない。そもそも学校に行っていない僕。今日も通信制高校の学校説明会に行ってきた。全日制=普通ではない。通信制、あるいは定時制の高校へ行ったら理想に描くような放課後は過ごせないかもしれない。しかし、それはそれでいいじゃん。そう開き直ったら、今まで考えていた「普通」が間違っていたのだと気付かされる。
もう、学校を絞らなければいけない時期。それに照準を合わせて勉強しなければいけない時期。例え、俗に言う「普通の放課後」を送れないとしても、決して悲観しない。
小さい頃、カーテンに巻き付くのが好きでした。カーテンを裂くのも好きでした。ええと、ヤンチャだったんだな、と感じました。
カーテンとは常に要る物ではない。西日が入ってくるなら要るけど、日を浴びたいなら、邪魔なだけ。人々は日を浴びたい時はカーテンなんかいらないというのに、西日を遮りたい時はカーテンがほしいと言う(実際、そんな人はいないだろうけど)。あくまでこれは例えで、こういう状況だから、彼が必要。でもその状況が転じたらポイっていう人、結構居る。戦略と言われればそれまで。でもその後の「彼」の生活は?カーテン君は捨てられちゃう?そんなことまで考えられるだろうか。
ブラインドっていうのかな?僕の部屋はカーテンじゃあない。でも、カーテンに感情移入してしまった僕。カーテン君、また、いつか会おうね。
ええと、すまん、投稿遅れた。涙の理由はそういうことです。まぁ、謝罪も終わったことだし、本題に入りましょう。
最近は涙を流したことがないなあ。一番最近だと、ドラえもんの映画で感動した時、、、6年くらい前……?そんなに泣いてないか?まず、涙を流す理由がない。昔は怒られたり、色々な理由で泣いていたけど。殴られて、家から締め出されて、、、うぅん、かなり壮絶。幼い頃は本当に些細なことで涙を流していた。今は泣く理由がないもんなあ。そう、涙を流す機会がない。
たまには、涙を流す理由を、無理矢理でもいいから作ったらいいかも。泣くことは悪いことじゃあないし、沢山泣いて、ストレスを発散しましょう。
ココロオドル?何か、そんな歌詞、なかったっけ。いやぁ、思い出せないなぁ。歌詞の話はいいとして、心が踊る時って、どんな時?
そんな時、多分輝いているんだろうな。好きなことをしている時、嬉しい時、、、ココロオドル時は存分に心を踊らせたらいいと思う。だって、そんな時に自分を抑えていたら、損じゃん。楽しむ時は楽しむ。踊らせる時は踊らせる。頑張る時は頑張る。もう、そんなことでいいと思う。今、勝負所っていう時こそ楽しんで、今、追い込みって時こそ心を踊らせて、今、少しやばい状況って時こそ頑張る。
最近、「頑張る」って言葉を多用している気がする。やっぱり、僕は僕で、受験の追い込みっていうのに焦りを感じているんだろうなあ。じゃあ心、踊らせちゃいましょう。
僕には束の間の休息などない。別に忙しいとか、そんなんじゃなく、逆。「束の間」ってのは少しの間って意味。僕は沢山休息がある。
沢山というと言い過ぎか。勉強は9時から15時くらいまでしかしないし、習い事や塾にも行っていない。だから、自由に過ごせる時間は結構ある。その時間は読書をしたり、ニュースをみたり、ゲームをしたり、、、かなり充実した日々を送っていると思う。ただ、あともう少しで中間テスト。勉強尽くめになる(かなぁ?)。もしかしたら、休息は少なくなるかもしれない。そうしたら束の間の休息の価値が高くなる。
束の間の休息は、各々好きなことをして、充実した束の間を送りましょう。