#ここではないどこか
君と出会えたことは、僕にとって何よりの幸福だったよ。
そう言った彼はもう居ない。
彼は旅人で、一つ所に留まるような人では無いことは分かっていた。
それでも彼と恋をした。
ひと夏の恋、というと聞こえは良いが、実際は彼の束の間の情事の相手役だ。
期間限定の恋だと分かっていたからこそ、私たちの愛は燃え上がった。
彼がここを離れると言った日に、私は彼の足元に縋り付いて行かないでと懇願したけれど、それでも彼はここでは無いどこかへ向かってまた、歩きだした。
#君と最後に会った日
君と最後に会ったのはいつだったろう。
久々に会って、呑んで。
今日は楽しかった、またね。そう言って別れたはずなのに君とはそれっきり疎遠になってしまった。
何故だろうか。君に連絡をしても返事は来ないし、既読もつかない。
ねぇ、君は今、どこで何をしているの?
#繊細な花
花はどれもこれも繊細で、ボクがしっかりお世話をしないと枯れてしまう。
だから、毎日毎日愛情を込めて花の世話をする。
そうするとお礼、とでもいうように綺麗に咲いてくれるからやり甲斐もある。
ボクにとっては彼女も同じ。
ボクの愛情で綺麗な笑顔を咲かせるのを隣で見られるのが幸せなんだ。
でも最近、君はボクの前で笑顔を見せてくれなくなったね。
何でだろう。
君の笑顔が見れない事がこんなにも苦しい。
ねぇ、君の笑顔が見たいんだ。どうすればまた笑ってくれるのかな。教えてよ、、。
――これはいつまでも彼女が死んだことを受け入れられない男の話。
#1年後
1年前の今日、僕は君を街で見つけた。
背筋を伸ばして、街をひとりで歩く君はかっこよくて、美しくて、とても目を奪われたことを覚えているよ。
それから君を何度も何度も街で見かけて、もしかしたら運命かも?なんて思ったけど、先月、君を見かけた時にその思いは粉々に砕かれた。
君が他の男の隣で、その美しい顔を綻ばせながら腕を組みつつ歩く姿。
それを見る事は何事にも耐え難い苦痛で、つい顔を覆って臥せってしまった。
けれど、やっと今日、君が僕のものになった。
1年、1年だよ。君を見つけてから思いを伝えるまでに掛かった月日。
でも、恋愛は時間が掛かれば掛かるほど相手を愛おしく思う気持ちが増していくんだね。
君のおかげで知ることが出来たよ。ありがとう。
これからはずっとずぅっと傍に居てね。
男はそう言って、目の前の既に息をしてない女に口付けと抱擁を贈った。
#子供の頃は
子供の頃はこのまま大きくなれば、大人になれて、誰かと付き合ったり、結婚したり、子供を産んで育てたり。
そんなことが当たり前だと思ってた。
だけど今の自分はどう?
大人になんてなれてない。中身は子供のまま。体だけ大きくなった。
誰かとなんて付き合ってない。私の恋人は2次元のキャラクター。
結婚も子育てもした事なんてないし、したいとも思えない。だって今のままで十分幸せ。推しがいるもの。
ふふふ、ふふふ。
可哀想。可哀想、夢も希望も無くなって、怠惰に日常を過ごす、こんなのが将来の自分の姿だというのだから。希望に満ちた瞳をしたあの頃の自分が哀れでならないわ。
でもね、子供の頃はきっと幸せだったけど、今の自分もきっと幸せなのよ。
だって、自死を選んでいないもの。