「ご一緒、よろしいですか」
頭上から女性の声が聞こえた。
「…ええ。どうぞ」
「それではお言葉に甘えて。失礼します」
女性は私の向かいの席に腰掛けた。
わあ……綺麗な人だ。どことなく、あの人に似ている。
「…どうかされました?私の顔に何かついてますかね…?」
不安げな表情で私を見つめて来られる。
「い、いえ違います。その……綺麗な方だなあ…と。すみません。気持ち悪いですよね」
自分のしたことを後悔しながら謝った。そりゃそうだ。他人に顔をじっと見つめられたら気持ち悪いはずだ。なぜ分からないんだ。あぁ…馬鹿なことをした。
「ふふ、そんなことないですよ。少なくとも私は嬉しかったです」
絶望していた私に女性は柔らかい笑顔を向けてくれた。
「ところで、あなた、お名前はなんと言うのですか?私は桜木と申します」
「あ、私は中山です。中山健と申します」
私が答えると、桜木さんは目を丸くしてしばらく固まっていた。
「…中山くん…?嘘…中山くんなの…?」
「え、私たち知り合いでしたか…?」
「ええ。小学生まで家が隣同士でした。覚えてないですかね。一緒に泥団子を作ったり、砂場で遊んだり__」
「…もしかして。翔子ちゃんですか…?」
すると、桜木さんは椅子から立ち上がり、ずいっと顔を近づけた。
「ええ!覚えててくれたのね」
「はは…もちろん。毎日一緒に遊んでたからね。あの時は本当に楽しかった」
お互い知り合いと分かり、会話はどんどん弾み、いつの間にか目的地の駅まであとひと駅の場所にまで電車は進んでいた。
「そういえば、今まで誰にも言ってこなかったんだけど、あの頃、翔子ちゃんが好きだったんだ。毎日遊んでいくうちに何だか意識していって気づいたら好きになってた。まぁ、今更、思いを告白しても遅いけど…」
懐かしいあの頃の気持ちを思い出し、少し顔が火照った。何だか変な気分だ。
「…実はね、私も。私も、中山くんが好きだった。中学校に進学する前、中山くんがお家の都合で転校していったでしょう?失って初めて気づいたわ。私はあなたのことを好きだったって」
「そうだったのか。私達、時期が違えば、両思いだったんだね…」
「そうね。でも、私はもうその時、心に誓ったの。好きな人が出来たら、絶対に思いを伝えるって。そのあと、高校に入って好きな人が出来たわ。告白、成功したかは分かるでしょ?」
私を試すようないたずらっぽい顔で問う。そんなところ、変わってないなあ
「ああ。成功、したんだろう?苗字、桜木になってるし」
好きな人は既婚者。自分の口から言うと、より、認めざるを得ない現実を突きつけられる。
そう、私はまだ彼女が好きだ。いたずらっぽい顔も、優しい笑顔も、大人びた性格も、綺麗な黒髪も、全部、全部。
小学生までは全部、私のものだったのに。でも、今は私も大人になってしまった。
「結婚、おめでとう。”親友”として祝福するよ」
「ありがとう。あなたみたいな素敵な親友をもてて私は幸せだわ」
本当は”親友”じゃなくて、”恋人”になりたかった。
でも、大人だから、そっとこの思いも胸にしまった。ああ。思いを伝えておけば良かったな。
本当に。
馬鹿だな。