抱き締められた後だから、まだ密かに残ってる。
あなたの香水の香り。
言葉はいらない、ただ…力強い抱擁があればいい。
それだけで、想いは伝わるから。
「驚かせたかったから」
チャイムの音で玄関を確認すると、モニター越しに君が佇んでいてびっくりした。
急いで玄関に行きドアを開けると、そこには少し申し訳無さそうな、でもどこか嬉しそうな顔の君がいる。
「今日は、研究、忙しいんじゃないの?」
昨日の時点で言われていた事を反芻すると、研究は一段落ついたの、と君は苦笑気味に言った。
その手には少し重そうなスーパーのビニール袋が握られていて、思わずそれを持ち上げる。
「一緒に夕食、どうかしらと思って、内緒で色々材料買い込んじゃった」
君は、小首をかしげて両手を後ろで組んで、片方の靴を立てながら、ご迷惑じゃなければ、と僕を覗き込んでくる。
その、夜色の瞳に、僕は年甲斐もなくドキドキした。
人間、二十五を過ぎても胸はときめくものなのだとどこか他人事に思いながら、突然の君の訪問が嬉しかったと告げると、今度は君の顔にとびきりの笑みが咲く。
「私も、あいたかったのよ…!」
そう言われてしまえば、玄関先にも関わらず思わず君を抱きしめていた。
君の顔が赤く熱くなったことは首筋で知る。その反応もまた嬉しかった。
突然の君の訪問。
僕の休日に鮮やかな彩りが生まれた瞬間。
小雨の中、バス停でバスを待っていた。傘を持つ手の指先が、靴のつま先が、徐々に雨の温度に慣らされていく。
体全体が雨に包まれて、このまま消えてしまいたい、と頭のどこかでぼんやりと思った。
時折聞こえる車道の音。ひと気のないバス停。
雨に佇む。
日記帳は毎日付けるから日記帳というのだろう。
でも、私の日記帳はとても気まぐれだ。その日一日のことを書き記すから、嘘はついてないけど。