7 「泣かないよ」
私は、三年前に祖母を病気で亡くした。
ちょうどゴールデンウィークのときで、一日に会って、二日は学校、
学校が終わったら、三日にまた会えるはずだった。
でも、祖母は二日に息を引き取った。
“なんで”って何回も思った。
祖母は病気を患っていた。
“病気”
それは、人の命を奪えてしまうほど強力な力を持った物。
心の中で何度も、何度も思った。
“病気がこの世から消えてなくなればいいのに”って。
そうすれば、私みたいに悲しい思いをする人がいなくなると思ったから。
でも、そんなことはできない。
研究者でも、医者でも、どんな医療従事者でも
“病気”をこの世からなくすなんてできない。
私はそんな現実に腹が立って、
夜、ベットに入って一人で泣いた。
祖母の笑顔、思い出を思い出しながら。
数日間、泣くのを止めることができなかった。
そんな簡単に忘れてはいけないものだと思ったから。
私と同じように、母も泣いていた。
その時、私は初めて“母の涙”を見た。
強いと思っていた母の。
でも、時間が経つにつれて、祖母は頑張ってあの日まで生きたんだと
思うようになって、涙を流す回数も少しずつ少なくなってきた。
天国にいる祖母へ伝えたい、私たちはもう「泣かないよ」と。。
2026.3.17.Tue.
6 「怖がり」
“怖くないよ”
それは私にとって魔法の言葉。
私は初めて食べる物、初めて会う人、初めて触る物、
とにかく“初めて”の物が怖くてたまらなかった。
だって、使い方、扱い方が全く分からないものを
今すぐに使いこなせと言われているようなものだから。
物には、それぞれの形や色があって、
人にも、それぞれの性格や好きなこと、嫌いなことがある。
そして、物にも、人にも、“弱点”というものが存在する。
物であれば、光、熱、水など、素材を壊してしまうようなもの、
人であれば、動物、自然など自分の好きなものが弱点になるだろう。
でも、その弱点は存在してもいいものだと私は思う。
弱点がひとつもない人間など、この世に存在しないのだから。
私は、弱点は“怖さ”でもあると思う。
だけど、怖さだって存在してはいけないものなんかではない。
怖さがあってこその私たち人間なのだ。
だから、これからはもう少し自分の「怖がり」を
武器にして生きていってもいいのではないだろうか。
2026.3.16.Mon.
5 「星が溢れる」
君は、夜空を見たことがあるだろうか。
私は、何度も夜空を見たことがある。
では、夜空を見たことがあるという人は、
星がある夜空を見たことがあるだろうか。
夜空を見たことがないという人は、
光輝いている星がたくさんある夜空を想像してみてほしい。
光輝いている夜空というのは、
とても美しいものであると同時に滅多に見ることのできないものでもある。
このような美しい夜空が滅多に見られないのはなぜだろう。
私は、“夜空”は一日の成果を表すものだと思っている。
だから、夜空が光輝いていないのは、
自分が自分自身の力を発揮できなかったからで、
夜空が光輝いているのなら、
自分が自分自身の力を発揮できたという証拠ではないだろうか。
だから、今日の夜空が少しでも光輝くよう今日の自分を
振り返って褒めてあげてほしい。
自身の「星が溢れる」ことを願って………
2026.3.15.Sun.
4 「安らかな瞳」
君は、今まで生きてきた中でたくさんの瞳を見てきたことだろう。
瞳には、輝いた瞳、悲しげな瞳、鋭い瞳など、たくさんの種類がある。
では、「安らかな瞳」とは何だろう。
私は、穏やかで、落ち着いた印象を与える目だと思う。
だが、そんな瞳をあなたは見たことがあるだろうか。
見たことがあるという人は少ないだろう。
実際、私もそんな瞳は今まで一度も見たことがない。
この世界住んでいる人が「安らかな瞳」を見たことがないのは、
この世界の誰もが一度は、必ず一度は、
人に対して怒りや憎しみの感情が湧いた経験があるからだ。
私だってそうだ。
正直、一番仲のよいと思っていた友達が、
他の友達と楽しそうに笑っていたのを見たときは、ショックだった。
自分が“友達という存在に値しない人間なのか”と初めて思ったから。
だって、その笑顔は私に見せたことのない“何か別の笑顔”だったから。
私の話は一旦終わりにしよう。
さっきの話の続きだが、
人に怒りや憎しみの感情が湧くようになっている限り、
「安らかな瞳」は決して見ることのできない貴重な物なのかもしれない。
もし、君が「安らかな瞳」を見ることができたなら、
その人は本当に信じても良い人だろう。。。
2026.3.14.Sat.
3 「ずっと隣で」
私は家族、友達、など様々な人たちの力を借りて一日一日を生きている。
中でも一番多くの時間を共に過ごすのは、家族だ。
家族という名の母、父は私がこの世に生まれた日から数えて
もっとも多くの時間を過ごしていると思う。
人は家族がいるから生きる勇気を持てる、とよく言うが、
私は人は大切な人がいるから生きる勇気を持てる、と思う。
家族が大切な人でないというわけではないが、
人によっては友達が大切な人だという人もいるだろう。
だから、私は人は大切な人がいるから生きる勇気を持てると思う。
よくよく考えてみれば、嬉しいとき、楽しいとき、辛いとき、に
いつも隣にいてくれるのは、家族、友達だ。
これからも、家族や友人が「ずっと隣で」笑っていますように…。
2026.3.13.Fri.