こぼれたアイスクリーム
※キス
夏の季節はこれに限る。
キンキンに冷えたアイスにかぶりついて、口から胃へと、食道までも熱が冷めるのが鮮明にわかる。
頭に響く冷たささえも、暑すぎる熱によって心地良く感じる。
喉を通り過ぎ、熱が戻ってくる頃、ふと、部屋が妙に静かだと思った。
エアコンがきき、冷えた部屋には自分一人。
ーガチャー
「ただいまー」
ノロノロと入ってくる。
苛立つのと同時に、嬉しくなる自分が嫌い。
ちゅっ
静かな部屋に、水が動くぴちゃぴちゃという音が響く。
重く、苦しくて、深い。
「……おかえり、」
あぁ、暑いっ
さっきまで冷え切っていた身体は、暑く、熱く、溶かされる。
部屋に勝手に入られてすぐ、押し倒された私のアイスクリームは、足元の床でこぼれ、溶けきっていた。
やさしさなんて
裏切られることに慣れたわけじゃない。
でも、涙が出ないことに慣れてしまった。
小さい頃は、悲劇のヒロインに憧れて、いろいろ想像することもあったし、そういうアニメのキャラとかを、自分に重ねることもあった。
でも今は人の優しさに触れることすらできない。
寂しくないって言ったら嘘。
でも、悲しくはない。
音を立てる雨のなか、心の隙間に気づかないように。
冷たいものが頬をつたう。
やさしさなんて知りたくない。
悲劇のヒロインが私はいい。
頬を伝う風が生ぬるい。
こんな季節は生きている気がしない。
感じるのは暑さのみ。
夢を見た。
大事な人の夢。
かけがえのない人の夢。
そこにはなにもない。
けれど、はっきりとあった。
生ぬるい風。暖かな、人のぬくもり。
冷たい風。冷たく心を癒やす、人の厳しさ。
きっとその場所は、ここからは遠くて近い。
私もその場所に行けたら、きっと心地よくなるはずだ。
生ぬるい風が。
学校からの帰り道、雨が降っていた。
雨の日は気分があがらない。
理由もなく、ただ足元を見つめながら歩く。
ただ、この場所だけは違う。
川の横の障害物のない、山と空がつながって見えるところ。
自然と上を向く。
薄暗いが、グレーのような青のような色にむらっぽく染まった空が透き通っていて、気分があがる。
空は曇っているのに、不思議だ。
澄んだ空気が体に入っていくのがわかる。
雨の降る音も心地良い。
雨の日限定の、私の帰り道だ。