巡り会えたらまた涙をのみたい。
お題:たそがれ
誰ですか。誰ですか。黄昏れてるの誰ですか。
誰ですか。誰でしょう。項垂れてるの心無い。
誰ですか。どなたさん。心地いいこと寂しくて。
たれそかれ。たれそかれ。かわたれそ。
あさ 去ね。
夕日に向かってたそがれて。
お題:秋🍁
秋、紅、銀模様
カラっと澄み渡る秋晴れの日、煌めく銀の刃先を天に掲げ、興奮を隠しきれず弧を描く君。
「まてまてまて、まってくれ」
死んでしまう。
――資料作成中、唐突に放たれた言葉。
「紅って秋空に似合うと思わないかい」
窓辺に置かれた裁断機の前でぼうっと空を眺めているらしい。彼は時折こうして素っ頓狂なことを言うのだ。正直気味悪い。早く作業を終わらせて一刻も早くここから立ち去りたかった。
「どうでもいい、そんなことより仕事」
「冷たいなぁ。きっと似合うのに」
彼は大袈裟に残念、と言って思いきり刃をおろし紙束を切断した。声色と行動のちぐはぐさで目眩がしてくる。
帰り道、問われた質問。
「あ、君きみ! いいところに。暇なら一緒に帰ろうよ」
嫌だと言ってもついてくることは知っている。断ったところで面倒だし、それに断る口実もなかった。渋々肩を並べて歩く。
「ねえねえ、どうして人は悪い事をしないと思う?」
「はぁ?」
こいつは本当に突然物を言う。脳内で思案していることを切り抜いて人に質問する癖があるらしい。
「それぁ、倫理的にとか」
「そうそうそんな感じ。人が『悪い事』をしないのは道徳心があるからさ」
ピンと得意げに立てられた人差し指。更にこいつは既に自分の中で答えが決まっていることを聞いてくるタイプらしい。少し会話をするだけでたちまち掌の上で転がされる。厄介で居心地が悪い。なのにどうしても言い返したくなってしまうのも、それすら掌の上なんだろう。
「お前は『道徳心が無い』と言ってるみたいだな」
こちらを見て貼り付けられる笑み。やはり気味が悪い。
終電間近、そこそこ駆け足の中振られた話題。
「タキサイキア現象って知っているかい? 人は危機的状況に陥ると全てがスローモーションに見えるらしいんだ」
「今正に、危機的状況だ、が、スローモーションではないぞ。悠長なこと言ってないで、もっと早く走って、終電、逃す」
「おやおや手厳しい」
気持ち悪いほど口角の上がった横顔。何がそんなに愉快なのか、知る由もないし知りたくもない。
昼食時、感じる視線。
「お前の独特な笑顔が苦手だ」
「君のその『苦虫を噛み潰したような顔』が好きだよ」
目が合うとどろりと下げられる目尻。
来宅、夕飯の手伝い。
「普段からやってんの? 上手いな」
「料理? 今日が初めてだよ」
随分手慣れたように肉を切る腕。
嘘だ。
今更気が付いたってもう後の祭りだ。
「ああ! やっぱり今日にしてよかった! 青空に紅は似合うよ、ね!」
刹那、勢い良く銀が振り下ろされる。
目は見開き対に瞳孔が閉まっていく。肉が引き裂かれ、神経が伸び千切られ、だらりとお釈迦になった左腕。バランスが崩れ体が後ろに傾いていく。
倒れながら見えた歪んだ笑み、澄み渡る青空、紅い血しぶき。全てがスローモーションだった。
飛び散る血の雫が青い空によく映えると、その意味は分からない。だってこんなにも、あざや か 。
うっすら目を開くと青い世界だった。天を見上げていた。鈍痛が後頭部に響いている。こいつの近くにいては危険だ、どうにか逃げなければと逸る鼓動。手をついて起き上がろうとしたが、虚しくも秋風が骨を撫でただけであった。
「勿体ないなぁ」
朦朧とする最中どこか残念そうな声が聞こえてきた。声の方へ目を向けると、そいつは血濡れの斧を片手に笑っていた。
「せっかくの綺麗な髪が紅く染まってしまって……けれど美しい……! そう思わないかい」
同意を求められたとて声が出ない。気絶している間に右肩も切り落とされたらしく、言葉の代わりと言わんばかりに鮮血が流れ出ていく。
コンクリートを染める赤、紅、あか、血。血だ、切断面の、痛い、熱い、寒い、痛い、痛い熱い痛い。自覚すればするほど強烈な痛みに襲われる。心臓が激しい収縮を繰り返しこのまま張り裂けてしまいそうだ。
「ああごめんよ、ショックのあまり喋れないのかな。でも大丈夫、側にいるよ。私だけがずっと君のそばにいる。だから安心しておくれよ」
優しい声色とは裏腹に浮かぶ表情は嗜虐的なもの。そのギャップがより一層不気味さを際立たせていた。
切り離された左腕を拾い上げ、誓いの口付けでもするつもりか、それをそっと抱えそのまま近くにしゃがみ込んできた。くしゃり、枯れ葉を踏む音が耳元で響く。伸びてきた手は脈を測るように首筋に添えられこちらを見詰める瞳は愛おしいとばかりに溶け出している。
「ここに誓うよ、何があっても君のそばを離れないと」
突然銀の輪っかが視界に掲げられた。艶のある美しいシルバー、ルビーの如く散りばめられた血。先程見た斧と、同じ色合い。
おの、と脳裏を過ぎった瞬間喉奥から胃酸がせり上がってくる。饐えた味に今にも吐き出しそうだ。
それはどうして、なんのために。そばにいたい、だからって腕を切り落とす奴があるか!
痛い、酸っぱい、気持ち悪い、痛い。もう限界だ。キャパオーバー、脳は使い物にならない。何も考えられない、考えたくない。
ずいっと顔が寄せられ、垂れた前髪が頬を掠めた。耳元でたっぷりと息を吸う音が聞こえる。きっとこれは、死刑宣告だ。
「――永遠に、だ」
だくり、爆ぜり、毒り。
この鼓動は、この熱は、痛みからくるものか、それとも、も、もう。
あ。
鮮血の染みるコンクリートの上、秋晴れを背負った青年の手には紅滴る銀と腕があった。
お題:ジャングルジム
ジャングルジムの上から爛々と「とびおりる!」と言いながら、足が竦んだ子へ「ほらおいで」と手を伸ばして迎え入れ。きゃっきゃと無邪気な笑い声に釣られて、重くなった体重すら愛おしい。
これを愛情と言わずしてなんと言えよう。
お題:時間よ止まれ
風に乗らず歩きたい。空気の動きすら僕一人がいい。足を動かすのも僕自身の意志がいい。誰にも操られず僕自身で。さらさら、きらきら、崩れ落ちるのですら僕の感性でいたい。時間よ、止まれ。静寂の柔らかさの中で、重い扉を押し開けて。心臓のない僕が僕として生きられる、止まった時間の中で。震える声ですら僕の意思で。