ちんあなご

Open App
6/19/2023, 12:45:35 PM

つかず離れずを歩くいつもの帰り道。

あなたと手を繋ぎたい。その一言が言えなくてもうどのくらい経っただろう。

ポツポツと無言の二人を破る雨が降り出す。
お母さんと喧嘩したせいで今朝は傘を持ってこなかった。
どうしよう、困ったなぁ。

パラパラと雨の音が変わる。
見上げるといつの間にか黒くて大きい傘を広げた君。
ちょっと狭いかも、なんて言いながら鼻をかいている。
ありがとう、と答えてわたしは前髪をそっと直す。
右側を歩いているのに右手で傘を差す仕草がじれったい。
その空いてる左手は何のためにあるの。
どうしても言えないたった一言。

つかず離れずの距離。不意にわたしの右腕が君の左腕に触れる。思わぬ熱さにわたしまで溶けてしまう、そんな気がして。
うわずった声をごまかして笑う君。
あ、君もわたしの右手に触れたかったんだね。
言ってくれなきゃわからない。
でも、言わなくてもわかる。
ドキドキを隠すようにわたしも笑う。


「傘忘れちゃった。入れてくれない?」
「…おー、いいよ。」
その素直さがまぶしくて、ちょっと苦くて。
もう二度と戻れない日を思い出しながら。

「気をつけて帰ってね。また明日」
「はーい、先生さよなら。」