【顔面偏差値判定鏡】
「あなたはブサイクです」
顔面偏差値判定鏡にストレートに言われた。
「いや、そんなストレートに言わなくても…」
「これが私の仕事なので。」
鏡はツンとした声色で答えた。
嫌な鏡を貰ったものだ。
友達から誕生日プレゼントとして貰ったのだが、相性は最悪だ。
美人な友達も、私がブサイクであるのは見て分かるのにこんな鏡をプレゼントするなんて、
本当に性格が悪い。
友達の誕生日には、性格偏差値判定鏡を贈りたいものだ。
本当は直ぐにでも捨ててしまいたいのだけど、鏡が無くなるのも嫌だ。
全身をちゃんと確認できるものがいい。
「あなたは本当にブサイクです。
そんな格好で人前を歩くなんて。」
分かってる、そんなの。言われなくたって…
「鼻と唇の距離が遠い、乾燥肌、唇も乾燥気味。フェイスラインがスッキリしていない、
ファッションセンスが 皆無、……」
次々と私のブサイク要素を挙げていく鏡に対して、私は苛立ちと惨めさを感じていた。
しかもこの鏡、具体的にどこを直せばいいのか教えてくれない。
不良品にも程がある。
「分かってる、そんなの……」
ブサイクな私は大学へと向かった。
大学帰りにプチプラコスメを買って帰った。
家に帰って早速試してみる。
「あらあら、メイクの練習なんて珍しい。
そんなの、自分を良く見せるための仮面みたいなものですよ。」
うるさい。
私は無視して練習した。
「そんなに頑張っても、元の素材が変わるわけ無いのに。」
「じゃあ、整形しろって言うの?」
さすがに頭にきて、言い返した。
「……」
「いい加減口閉じてよ。」
私は再びメイクの練習を始めた。
今日は休日。
友達と服を買いに行った。
こちらの友達は心優しくて、あの毒舌鏡を送りつけた性格の悪い友達とは真逆の聖人だ。
「うーん、イエベならこっちのほうが血色良くなりそうだけどなぁ…」
「えっと、イエベとブルベって何?
私、全然詳しくなくて。」
「肌が黄色よりなのはイエベ、青寄りはブルベ。
まあ、ちゃんと診断してみないと分からないけどね。
血色良く見せるためには、こういうパーソナルカラーに合わせると良いみたいだよ。」
そう言って友達が選んでくれたのは、秋らしい低彩度な赤色だった。
2カ月後のこと。
美容院で髪を切ってもらった。
ふんわりしたボブ。
結構気に入っている。
最近は割と肌の調子がいい。
乾燥気味だった肌は、新しい化粧水のお陰か、もっちりしている。
最近は、少しだけ毒舌鏡が柔らかくなったような気がする。
「アホ毛が立っている、唇が乾燥気味、ネイルが下手、メイクが下手。
まあこれくらいですかね。」
月日がかなり経って、2年後。
「まあ、良いんじゃないですか」
遂に毒舌鏡から褒めてもらえた。
「え、えっ、悪いとこは?無いの?」
「強いていえば、爪がやや長いです。」
やった、遂にやった。
見たか?私を馬鹿にしてきた奴。
今までに無い多幸感が私を埋め尽くしていた。
「それじゃ、」
「え?」
私は養生テープを用意し、鏡に直接貼り付けた。
「な、何をするんですか?」
「今から貴方のことを捨てるの。」
鏡に貼り終え、私は床に新聞紙を敷いてからハンマーを取り出した。
「ま、まさかそれで…」
「こうすればゴミが小さくなって、捨てやすくなるからね。」
「やめて」
私は無視してハンマーを振り下ろした。
パリンッと音を立てて、豪快に割れた。
ハンマーを振り下ろす度、私は心が軽くなるのを感じた。
かわいいとかかわいくないとか、どうでもいいじゃないか。
ブサイクとか美人とか、どうでもいいんだって。
割れた鏡には、見た目以上に美しいものを持つ私の姿が反射している。
【ナイトルーティン】
僕はスーパーでちょっとした惣菜を買って、家に帰った。
いつもの癖で「ただいま」と言うのだけれど、今日も部屋中に虚しく響き渡るだけだった。
電気を付けて、冷蔵庫を漁ってみる。
冷えたお茶をコップに注ぎ、買ってきた惣菜を口にする。
パジャマに着替えて、洗面所へと向かう。
歯磨き粉が減るのが遅くなった。
まあ、その分買い替える回数も減るのだけど。
顔を洗い、またよく目を凝らしてみるのだけど、鏡には僕の姿しか写っていなかった。
無駄に余白のあるダブルベッドに横たわり、
スマホを弄ること無く考え事をして時間を溶かす。
破綻したナイトルーティン。
君がいないから壊れた。
「ただいま」といえば「おかえり」と返ってきたし、
夜ご飯は惣菜なんかじゃなくて君の美味しい手料理だった。
歯磨き粉は今よりも速く減ってたし、
ダブルベッドは2人分のスペースでいつも埋まっていた。
スマホなんか弄らずに2人でずっと楽しく話していた。
全部、君のせいだ。
君がいなくなったから、僕は。
僕は電気を消して、今日を強制的にシャットダウンした。
【スズラン畑でさいごの話を】
いつか死ぬことが怖くて、それをとある魔女に相談すると
「それなら、永遠に生きればいいじゃない」
といって、不老不死の薬を授かった。
「不老不死だから病気をすることはないし、体が衰えることも無いの。
怪我をしても死ぬことは無いわ。」
不老不死の薬を飲み干してから、
私は永遠の寿命をもらった。
20歳の見た目で、今は1020歳の中身。
最初は楽しかった。
知り合いが次々と体の不調を訴え始めても、私は変わらず若々しいままで、それが優越感を感じさせた。
そして「あなたはずっと若々しいわね」と言われるのが嬉しくてたまらなかった。
しかし知り合いは皆死んでしまい、私は結果的に残されてしまった。
いつかはこの傷も癒えるだろう、と思ってやり過ごし、実際に傷はどんどん癒えるものであった。
しかし、耐えられない傷ができてしまった。
私は713歳の時に恋人を作った。
20歳ほどの、金髪の青年。
駆け出しの画家で、それはそれは美しい心の持ち主だった。
私達は意気投合し、やがて結婚して生涯を共にした。
自分が不老不死であることは言わなかったが、とても楽しい生活だった。
だが、私が725歳の時に彼は殺された。
ちょうど争いの時代真っ只中だったのだが、私達はあることで敵国のスパイと見なされ追われていた。
とうとう追い詰められた時に彼は私をかばって殺されてしまった。
私はただ逃げるしか無かった。
私のことなんか庇わなくて良かったのに。
私は撃たれても平気なのに。
戻ってこない命への後悔ばかりが胸を覆い尽くすようになった。
隠れて毎日泣いて、疲れ果てて眠る毎日。
あれから207年経った。
今では街に出ること無く森の中で隠居生活を送っている。
人と付き合うのはもう嫌だ。
亡くした時の辛さは、もう味わいたくない。
そして今日は、久しぶりに外に出てスズラン畑を目指している。
山を下りながら、私は魔女の言葉を思い出していた。
「もし貴方が、どうしても死んでしまいたいというのなら、スズラン畑で眠りなさい。
それが、貴方に残された唯一の死に方よ。」
今日で、こんな生活も終わる。
もうすぐ、私の我慢が終わる。
スズラン畑が見えてきた。
これから、私はスズラン畑で眠りにつく。
【トリック・オア・ユートピア】
私はあるチケットを握り締めて門の前に立っている。
握っているのは『トリック・オア・ユートピア』の招待券。
『トリック・オア・ユートピア』とは、10月31日にだけ行われるハロウィンパーティー。
どこの誰が開催しているのかは知らないが、
結構人気らしくチケットを手に入れるのは容易ではない。
世界に100枚だけしかないのだとか。
そのうちの1枚を持っているのが私だ。
チケットを手に入れた人が守るルールは3つ。
1.お菓子を用意しておくこと。
2.誰かを傷つけることは、如何なる事情があっても許されざる行為である。
3.絶対に時計塔の中に入ってはいけない。
お菓子は十分に用意した。
左手に持つ袋の中には、これでもかというほどお菓子を詰め込んである。
午後6時、私はワクワクしながら門をくぐり抜けた。
門をくぐると、賑やかな声が聴こえてきた。
空は不気味なほどに紫色で、そこら中にカボチャが置いてある。
一般的なハロウィンと何ら変わりない。
けれど、異世界感が漂う空間は異質だった。
「そこのお姉さんっ、トリック・オア・トリート!」
急に話しかけてきたのは、キョンシー姿の男の子だった。
「お菓子くれなきゃ、どうなるかわかってるよね?」
生意気なガキだな、なんて思いながら、私は板チョコをあげた。
「うわぁ、一番欲しかったやつだ!
あ、お礼に僕からもあげるよ」
そういってキョンシーはオレンジ色のカードを暮れた。。
「これは大切に持っておくんだよ」
次に出会ったのは天使の羽をつけた女の子だった。
羽の質感がリアルだ。
「トリック・オア・トリート!
お菓子をくれなきゃイタズラするぞ!」
可愛らしい、と思いながら、私はマシュマロをあげた。
「ありがとう!
これは私からのお礼だよ」
そういって天使は白いカードをくれた。
キョンシーがくれたカードの色違いだ。
大広場には様々な人が集まっていた。
狼男、魔女、ピエロ、死神、バニーガール、吸血鬼。
多種多様な仮装をしている人達がいっぱい集まっていて楽しそうだ。
「トリック・オア・トリート!」
「お菓子をくれなきゃイタズラするぞ!」
これまでに9色(赤、オレンジ、緑、水色、青、紫、ピンク、白、黒)のカードをもらった。
次にもらえるのは何色なんだろう、とワクワクしていると、あるピエロが声を掛けてきた。
「トリック・オア・トリート!」
私は当たり前のようにキャンディを渡した。
「うひょー!キャンディだ。珍しいなぁ!」
ピエロはキャッキャッとはしゃいでいたが、急に声色を変えた。
「お嬢ちゃん、ここは気をつけなよ。
あいつらは隠し事ばかりだから。」
不穏な言葉とともにくれたのは、黄色のカードだった。
「ここは、ディストピアだからね」
午後9時。
閉園の時間だ。
10色のカードをまじまじと眺めて、時折月にかざしてみたりした。
綺麗なカードだなあ。
何に使えば良いんだろう、観賞用かな?
門の外に出ると、一生戻ることはできない。
名残惜しさが勝ってしまいそうだったけど、
カボチャ頭の大男が「早く出ないと危ないぞ」と急かすから、いつまでも中に残ることはできなかった。
門の外に出ると、藍色の空が目についた。
私は寂しくて、誤魔化すように束の間の理想郷を口の中で味わった。
【ノスタルジック】
私は7年ぶりにこの教会を訪れた。
キリシタンでは無いので、礼拝目的ではない。
今日行われるコンサートに出演することになったのだ。
約30分、弾き語りをさせてもらえる。
緊張はしていないが、その代わりに興奮が勝っている。
だって、5年ぶりに来れたから。
壇上に上がると、大勢の人が拍手で出迎えてくれた。
制服のリボンが邪魔だな、この空気感が懐かしいな、なんて思いながら、私はギターを片手に歌い出した。
その傍ら、私はあることを思い出していた。
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7年前の秋。
私はこの教会を訪れた。
というのも、姉がコンサートに出演するからだ。
ギターで30分、弾き語り。
両親と私は観客席の硬い椅子に腰掛け、
今か今と出番を待ち侘びていた。
姉が壇上に上がると、私達は拍手で出迎えた。
姉は私に手を振ってくれて、私はそれに応えるように一生懸命に拍手をした。
姉は椅子に腰掛け、ギターを片手に歌い出した。
姉の、透き通る声が好きだった。
アコースティックギターの綺麗な音色が好きだった。
私はずっと姉を見つめていた。
外の景色なんかどうでもよくて、横目にひらひらと枯れ葉が落ちている様子が見えたが、それもどうでもよかった。
姉の弾き語りライブは大成功に終わった。
「来年も出るの?」
「うーん、誘われたらね」
「来年も、聴かせて」
そんな会話を交わした。
しかし翌年、姉は交通事故で死んだ。
―――――――――――――――――――――
姉が死んだ日から、私の中の世界が終わった。
ずっと泣いていた。
自室に引きこもって、しばらく出られなかった。
涙がやっと枯れてきた頃、私は姉のギターを譲り受けて練習を始めた。
同時に、中学生になったタイミングで合唱部に入った。
すべて、姉のため。
姉がやってきたことをやりたかっただけ。
あっという間に30分が終わり、私は拍手に包まれながら退場した。
去り際、私は観客席のほうをちらりと見た。
もしここに姉がいたならば。
ちゃっかり両親の隣に座って、皆と同じように、拍手をしていたならば。
そんな世界線があったならば、どんなに良いことか。
しかし、観客席に姉はいなかった。