菜々月なつき

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3/27/2023, 11:48:19 AM

『My Heart』

 隣からぐすぐすと鼻をすする音が聞こえる。
 眼の前のモニタには長い長いスタッフロールが流れている。
 とりあえず、映画館の雰囲気を出すために消していた部屋の明かりを点けて、温かいココアでも淹れようとキッチンに向かった。彼もそのうち落ち着くだろう。
 タイタニックを見たことがないと恋人が言うものだから、配信サイトでレンタルして上映会をしたのが今日。
 私は公開当時に映画館で見たきりだったので、そういえばこんな話だったな、と思いながら見ていた。
「……ありぁと」
 ホットココアを彼の目の前に置いたらば、感謝の言葉が返される。どうしたことか、さっきよりも泣いている。
 ティッシュを箱ごと手渡すと、彼はぼろぼろと泣きながら訴える。
「僕、僕はね、絶対死なないからね」
「なんでそんな話になったの」
「だって君、僕が死んだら絶対僕を忘れて他の男と幸せになるでしょ! そんなんやだ!」
 恋人は怒り泣きだったようで、ふくれっ面のままティッシュで涙を拭い、派手な音を立てて鼻をかむ。
「だから、僕は絶対君より先に死なない。君を看取る。そんで次の日死ぬ」
「そこは君、『僕のことは忘れて幸せになってくれ』とか言うところじゃない?」
「ぜっっっったいにやだ。一生忘れないで。僕だけ愛して」
 うーん、愛が重い。いや、執着か? どちらでも大した違いはないし、予想通りでもある。
 だが、少々遺憾ではある。
「君、私がさっさと他の男に乗り換えると思っていたんだな」
 そう言うと、きょとんとした顔が向けられる。
 あ、これ本気でそう思ってたんだな。
「君みたいな重たい男、一生連れ添う覚悟でもなければ交際をOKするわけ無いだろう」
 鳩が豆鉄砲を食ったような顔に、笑う。
「君が思っているより、私は君のことを愛してるぞ」
 それこそ、君が死んでも愛し続ける程度にはね。


2023.03.27

もう、お題見た瞬間からセリーヌ・ディオンが歌い続けてるから諦めてネタにしました。

3/26/2023, 3:00:49 PM

『ないものねだり』

 ぴかぴかに磨いた爪。校則違反だけど、センセイにバレないようにベージュピンクのネイル。
 ビューラーとマスカラで上げたまつげに、プチプラだけど昨日買ったばかりの新色のリップ。
 テンションの上がる、あたしの『カワイイ』ものたち。
「ね、今日のあたし、めっちゃ盛れてない?」
 きれいに引けたアイラインと新しいリップが嬉しくて、隣のあの人にウザ絡みしちゃう。
 でも、あの人は優しいから、読んでいた本から顔を上げて、ふんわりと笑って「ほんとだ、可愛いね」って言ってくれた。
 でしょー、って笑って、あたしは本に視線を戻したあの人の横顔を盗み見る。
 優等生で、校則違反なんてしないあの人は化粧もしない。ネイルなんて塗らないし、マスカラもしないしアイラインだって引かない。
 でも、リップだけは色付きのリップクリームをしてる。だって、あたしとお揃いで買ったんだもん。
 今日は新色のリップが嬉しくてつけてきたけど、普段はあたしもお揃いのリップをつけてる。
 おそろいって、いい響きだよね。トクベツって感じ。
 くふん、と笑ったあたしの声が聞こえたのか、あの人がまた顔を上げた。
「リップ、新色?」
「うん。昨日買ったの」
 くすくすと笑って、「だからそんなに嬉しそうなんだ」ってつぶやく。
 そりゃ新色のリップはあたしの『カワイイ』を大変に刺激してくれたお気に入りだけど。
 あたしがこんなに浮かれてるのは、あなたに『カワイイ』って言ってもらえたからだよ。
 だけどあたしは、口に出さずににっこりわらって肯定する。嘘じゃないけど、ホントでもない。
「ふーん……。ね、前のリップはもう使わないの?」
「え、めっちゃ使うし。今日はね、新色リップ使いたかったの!」
「そっか」
 そんな、ほっとしたみたいな顔しないでよ。お揃いのリップが『トクベツ』なのは、あたしだけじゃないんだって嬉しくなっちゃうじゃん。
「ねぇ、今週末空いてる? 昨日新しいカフェ出来てるの見つけたんだぁ」
 浮かれた気持ちのままに言葉を紡げば、彼女は眉尻を下げた。
「ごめんね、週末は予定があるから」
 そのはにかんだ表情で、あ、彼氏だなって、わかった。冷水を浴びせられたみたいに、一気に頭が冷えた。
「そっかぁ。じゃあ仕方ないなぁ。あ、じゃあカフェの場所教えてあげるよ」
 ちゃんと笑えてるかな、あたし。
 彼女は首を振って、最初はあたしと一緒に行きたいから、って申し出を断った。
 あたしは泣きたくなって、唐突に「トイレ!」って叫んで教室から駆け出した。途中でセンセイに会ったけどやっぱり「トイレ!」って叫んだら何も言われなかった。後でなんか言われるかもしれないけどどうでもいい。
 トイレの中で、きれいに引けたアイラインが歪まないように必死で涙をこらえる。
 ああ、たしかにあたしは『トクベツ』なんだ。
 彼女の中で、あたしは『トクベツ』。
 『トクベツ』な、友達。
 別の『トクベツ』が欲しいあたしの欲張りな心は、今日もないものねだりに泣いている。


2023.03.26