快晴と共に歩みを進めても
僕は置いて行かれていく
みんな何か遠くのものを目指していて
その過程に僕は必要ない
どうなっても僕は必要ない
だから消えてしまいたい
甘美なる死by宮浦透
甘くて綺麗な死をお望みですか
苦くて汚醜な死は要りませんか
いつからか無常感に取り憑かれ
いつからか滅びの美に釘付けで
いつか来る死に向かって
いつになく死に物狂いで
綺麗に死んでみたくて
綺麗に生きてみたくて
死に際の人間ほど輝いて
死んでる人間ほど汚くて
だからきっと汚く生きてる方が
されどそれが辛くて死にたくて
私らはきっと明日も生きて
僕らはきっと明日も辛くて
それでも大地を踏み締め
それでも希望を噛み締め
それでも大空を眺めてる
だから死に際でもいいから
ちょっとだけ、生きてみませんか
瞬く夜空by宮浦透
走って転んでむせ返った
沈む夕日と僕の心は
淡くオレンジに輝いていて
もうすぐの夜を待っていた
あー、でも僕の心には星は灯らない
また転んで次は血が出た
夜空はすでに綺麗に輝いていた
「いい人ができたの。凄くいい人」
学校の帰り道、山の近くにある学校から二人きりの帰路を辿る。
「その話、詳しく聞きたいな。そこにでも座って」
公園のベンチを指差しながら、恐る恐るその話に耳を傾けた。夕日を眺められるこの丘うえの公園は、多くの高校生を結んだと話題になるほどで、それくらい綺麗な場所なんだと思う。
春は花見、夏は打ち上げ花火、秋は枯れ葉が公園を白秋に染め、冬は雪が積もる。こんな場所なら、一緒に居る人もより一層輝いて見える。
「素敵な人でさ。辛い時そばにいてくれるの。欲しい時に欲しい言葉もくれて、誰よりも優しくて」
軽快な口元からは褒め言葉が並べられていく。小学校からずっと一緒でも、そこまで評価しているのは見たことがない。
「それって同じ学校の人?」
「そうだね、クラスは違うけど」
夕日を見つめる乃々花はやけに真っ直ぐで、ちっとも振り向くことはしない。
「好きなの?その人のこと」
「言って欲しそうだね、その言い方は」
少し恥ずかしくなって見られてもいない顔を俯かせる。断言も何もされてない現状を、良い方向に受け止めてしまいそうになる。
「恥ずかしいからってノーコメントにしとく?」
返答もする前に言葉を続け、悪戯顔で顔を覗いてくる。夕日を見つめていた楽しげな顔とはまた一味違った、楽しげな顔を浮かべている。
「こっちが恥ずかしくなってくるそれ。なんか聞く気なくなったから帰る」
「なんで…⁈え、なんで⁈」
先に自転車を押し始め帰路に着く。それを後ろから追いかけるように乃々花は自転車に跨り追いついてくる。
「ツネは歩くのが早いよ!そんなんじゃ女の子リード出来ないぞ!」
「必要ないし」
「幼馴染として意見してあげてるのにー。失敗しても知らないぞー」
乃々花が横に並んだ時には自然と同じ速さで足が動いた。自転車に乗れば早く帰れるものを、坂が急だからと、歩いてくれる乃々花はどうにも優しいらしい。
「そういえば、さっきの公園。去年凄い噂たってたよね」
「桜隠しがどうたらってやつ?」
高校に入学してままならない時期に、奇跡が起こったと噂がたった。写真なんかも出回ることなく、ただ上の世代が騒いでいただけだが、どうにも桜に雪が重なり珍しい光景が見えたらしい。
「良いよね。私もあんなの見てみたかった」
そんな奇跡にでも遭えば、気持ちを打ち明けられるのかもしれない。だが、実際その場になっても、口を開ける自信は毛頭ない。それが出来ていればこんな話に胸が弾むような思いをしなくて済んでいるはずだ。
「そのいい人と見に行けば良いじゃん。下校前に誘ってさ」
今日はたまたま校門前で乃々花を発見し、一緒に帰ることに成功した。こんな事でもなければ、普段は一人で黄昏ながら帰る他ない。
「来てくれるか心配なんだよね。その日がいい景色とも限らないし」
「いつ行ってもあの公園は綺麗だよ。その人もあんな綺麗なら見たくなるだろうし」
あの公園は今日初めて足を踏み入れた。噂も桜隠しも聞いたことはあったが、それらがこの公園を指していたなんて知る由などはなかった。だがそんなことを言えるわけもなく、ただ励ます言葉、誘うように促す言葉しか口に出来なかった。
「それもそっか。夜に見ても星が見えて綺麗らしいしね」
やけに詳しい。しかもそれを自慢げに喋るあたりも、昔から乃々花は変わらない。
「お前はいつまで経っても乃々花だな。変わってなくて安心するよ」
「なんかバカにしてる。そんなことツネも変わらないよ。昔から冷たいんだから」
そんな記憶は一切ない。だが幼馴染が言うのなら、きっと思い当たる節が多々あったのだろう。
「…それでもツネは親友以上だけどね。何でも話せるし」
少しの間を開けた後、言葉を返す前に続けて喋り始める。傷付ける可能性がある言葉を少しでも発した後、毎回褒め言葉を続ける。これは昔からの乃々花の癖だ。
「それは嬉しい評価を貰えてるようで何より」
「ツネのことは昔から知ってるからね」
日が暮れるギリギリのところで、その日は別の道を辿った。家まで送ったり、なんてことを言えるほど勇気はない。もし持っていれば今頃毎日一緒に下校することになっていることだろう。
しかし現状そんな術は持ち合わせているわけもなく、自転車で帰る日々は再びやってくる。また一緒に下校できる日を待ちながら、急な坂を駆け降りる。
「あ、常山じゃん」
「直斗じゃん。珍しいなこんなところで」
片手に、まだ季節になるには早いアイスを持ったクラスメイトが制服のままこちらへ向かって歩いてくる。
「まぁな。ちょっとした野暮用で」
「何も野暮用じゃなさそうだな。顔が物語ってる」
やけに楽しそうな顔には男同士の遊びでは見れない柔らかい表情があった。
直斗が口を開こうとしたと同時。その言葉を遮る声が後ろから顔を覗かせた。
「ごめん、直斗。アイスどれか全然選べなくて」
「乃々花…?」
「あれ、ツネじゃん」
「ん、二人は知り合い?」
混乱が頭を駆け巡る中、取り残された直斗が口を開く。何も知らないその顔は、何故かと乃々花に向いて問いかけていた。
「小学校から一緒だよ。めっちゃ仲良いし」
「凄い関係だなそれ」
「大事な友達だからね。関係切れないよ絶対」
「本当に大切そうだな。やけに」
二人は何を言っているのかイマイチ掴めなかった。信じていた心の底の何かが崩れ始める。何か、どこか穴が空いた気持ちに押し潰されそうになる。
「ごめんって。直斗も大切だから」
「なんか俺に対しては弱いな」
「そんなことない!じゃ、ツネ、また今度ね!」
溶けかけたアイスを口に運びながら二人は背中を向け、学校のある方、あの公園へある方へ歩き出した。その場に取り残された体は、二人の会話を聞くことくらいしか働いてくれなかった。
「ノノは仲良い男子多いもんなー」
「だから違うってば!」
「あ、殴ったな。暴力女」
乃々花はあだ名を付けられ、痛くももないであろうスキンシップを暴力と言い張り、互いに見合うなり笑い合う。
その幸せな光景が見えなくなるまでの数分間、そこを動けることはなかった。
「おい、おーい。聞いてんのか常山」
バスケットボールを手に抱え込んだまま朦朧とした意識から現実へ引き戻される。
「あぁ。直斗か」
体育の授業、自由にバスケを練習して良いと言われ、初めこそは何か穴を埋めるためにと動いてくれた体も今はもう固まって動かない。
「乃々花から伝言。一昨日の会話、忘れてくれって。何の会話したかは全く何も教えてくれなかったけど。なんか話したのか?」
「そっか。いや、何も」
「なら良いんだけどな、なんか悩み事ならいつでも話せよ」
そう決めゼリフを発しゴールへボールを投げ込む。
「うーん、どうにも入れるのは難しいな」
何も返事を待つそぶりなく、別のグループへ走っていく。
何もかも考えることを停止し、一度ボールへ目を向け、下に目を落とし、ゴールに目線を合わせる。ゆっくりとフォームを作り出し、ボールを手から離す。
「常山良いぞ!その感じを忘れるな!」
先生からの褒め言葉が響くなか、一度もリングに触れることなく綺麗に入ったボールは地面へバウンドする。
拾う気力もなく、何故ボールを投げたかも分からないまま、ただ跳ねるそれを見つめながら、敗北感に胸を締め付けられた。
地獄のような三日間を終えて一週間が経とうとした頃、学校への忘れ物を思い出し、制服を着たまま自転車を走り出した。
今思えば、学校への道を曲がったところのあの公園に行ったことがないなんて、どれほど恋愛に疎かったのかが伺える。今考えても仕方ないが、何もかも一人の壇上だったことがどうにも頭から離れてくれない。
「あ、ツネ!」
夕日を後ろから感じるなか、前から乃々花の声がした。遠目で見ても分かるあの小さい背丈。短い髪、間違いなく乃々花だ。何かに縋る思いで速度を早める。聞くことなどないはずなのに、確認したくて仕方なかった。
目が合ってしまう。
今ここで喋ればもう自分が分からなくなる。
手を振るその姿を見つめることは間違いでしかない。
「ノノ、誰か居たの?」
横からはあの、直斗が顔を出した。
瞬間的に顔を下げ、早めた速度を保ったまま。
「えっとね」
横を、通り過ぎた。
最後に聞き取れたその四文字以降は何もないことを願いながら、急な坂を登る。
大切な提出物など、もう大切ではなかった。
あの公園は、どうやら夜も綺麗らしい。
夕陽が雲に覆われて行くのを分かりながらも、流れるものは流れ続けた。
二人で座ったベンチに再度一週間ぶりに腰を下ろす。
暗くなった雲からは雨が降り始めた。
黒いだけの景色は何も色などなかった。
色褪せた景色を、ずり落ちて行く全てを感じる。
もう抜け殻の体は一歩たりとも、動いてくれることなどなかった。
「こんなところで、何を」
海風が吹き響くなか、薄着を心配したのか。それとも不審に思ったのか。きっとそんな程度の理由で月明かりの下、海風と共に会話は始まった。
「寒いでしょ、早く戻った方がいいよ」
「大丈夫。寒くない」
いくら夏でも、夜は冷える。少し肌寒い上に半袖半ズボンでは温まる手段もない。一点張りの言葉にため息をつき、彼は横に座り込む。
「私と話すつもり?」
「まあね」
満月はどこ一つ欠けることなく完璧なほどに光り輝いている。それに比べて私だけに伸びる影はとことん暗く濁っていた。
「あなたはなんでのぞみ壮に?」
そんなの分かりきっている。ここはそういう場所なはずだ。
「…ごめん。野暮だったね。けど、あなたの事情を聞きたいな」
「人って言うのは自分勝手なの。私も、君もね」
見るなり私より年上の彼は、何故か深く事情を知りたがった。全て話す義理もない私は気が向くだけの過去を話した。
「目の前には水平線しか見えないけど、後ろを見てみて。宿には光が灯ってて、あそこじゃ色んな人が支え合って生きてる。あなたはきっとそう言う場所に戻る方がいい」
「私はその水平線に行きたいの。支え合って、関係が生まれれば、いつかそれは消滅するの。それに依存するから人は醜くなるの」
ただ淡々と、コンクリートの壁に打ち付ける波を感じながら、水平線の向こう側を見つめながら、口は自然と動き始めた。あともう少し、手に力が入れば私は水平線へと吸い込まれていくのに。
「のぞみ荘の人たちはそんなこと知ってる。ここが嫌でも、何処かにきっとあなたを受け入れてくれる人は必ず…」
彼の口はそこまで軽くは動かなかった。
「じゃあ、君は私とずっと居てくれる?空っぽで、醜い私と」
「…ごめん。出来ない」
「知ってる」
彼のことは理解した、つもりだ。彼の口が重たくなった理由も、海風と共にここに現れた理由も。それでも、私の望みは。
「本当は、海だって、空だって、人だって、みんな助け合って生きてるはずなんだ。けど人ってのは不思議なもので、自分勝手に飲まれていくんだ。僕も、そうなんだ」
「私も君も、勝手ね。こんな寛容な世界でも生きられないなんて」
言っていて悔しさが込み出してしまう。きっと後ろの世界も、揉まれていけばなんてことないようになる筈なんだ。それでも海や空のように、受け入れてくれる世界に身を投じたくなるんだ。
彼はそれ以上私の過去について言及しなかった。気付けば私は抽象的な意見ばかりを述べて、具体的な過去は一切話すことはなかった。
「それでも、言うよ。君はまだ行っちゃいけない」
「ありがと。それでもね」
私は礼を言うと立ち上がった。
ここへ来た時から決まってる。
望みを叶えるための、この場所だ。
「私は、死ぬためにここに来たの」
きっと、この涙も大きな海の一部になっていく。
海風が消えると共に、もう彼は見えなくなっていた。