【旅は続く】
君がいなくなっても、
私がいなくなっても、
二人ともいなくなっても、
旅は続く。
道がそこにある限り。
【涙の理由】
深夜、重い金縛りで目が覚めた。
まぶたを開けると、女がおれの首に手をかけていた。女はうっすらと透けており、一目でこの世のものではないとわかった。
「ひとりは、さみしいの…」
女はおれの耳元にささやいた。
気がつくと、おれは舟に乗っていた。
両岸には美しい花畑。
傍らにはあの女が座り、泣きじゃくっている。
「もう泣くなよ。おれが一緒に行ってやることになったんだ、もうさみしくないだろ」
おれは女の頭を撫でてやった。
おそらく彼女は、長い旅の相手となるのだろう。
「違うの…」
女はつぶやいた。
おれのことを、憐れんでくれているのかもしれない。おれはそっと、女の手を握った。
女は手をそっと外し、言った。
「いざ一緒に行くってなると、なんかテンション下がっちゃって…明るいところで見るとちょっと好みと違うし…」
えっ、この段階で蛙化現象起こされても。
【既読がつかないメッセージ】
私はいわゆる「人間関係リセット癖」がある。「いらない」ものはさっぱりさせたい。
中学も高校も、卒業と同時に全員の連絡先を消した。
次の世界へ進む時に、凝り固まった古い関係を持ち続けていくのが嫌で嫌で仕方がなかった。
「いらない」判定だ。
けれど、大学だけはそれをしなかった。大人になったものだ。
大学は人脈もあるし、社会に出てから使えるつながりもあるだろう。結婚式に呼ぶゲストだってゼロじゃサマにならない。
仕事を始めて1ヶ月、同期は少なく皆優秀で、愚痴を吐ける友達にはなれそうになかった。私は誰かに愚痴りたくなり、大学時代の友人に連絡をした。
ほら、こういう時の為に残しておいて良かった。意外に使えるじゃん。
ところが、一晩たっても誰一人、既読がつかなかった。
──ブロックされていたのだ。
震える手で、SNSでなく、残っていた電話番号にかける。
誰一人、出てくれない。連絡先を消したら「知らない番号」になっている。今日び、知らない番号からの電話になんて誰もうかつに出ない。
そうか。「いらない」判定されたんだ。
今度は、私が。
【もしも世界が終わるなら】
カラフルな世界で、あなたと私は出会った。
もともと、年に一度しか会えない、そう決められた仲だった。
それでも、願うことをやめられなかった。
そんなある日、あなたと私は会うことができた。誰にも邪魔されない、小さな箱庭の中で。
幸せだった。
もしも世界が終わるなら、あなたと一緒にいま終わりを迎えたいとさえ思った。
終わりは唐突にやってきた。世界は空へすくい上げられ、崩壊していく。
金属の太い棒が貴方を捕らえ、空へ舞い上げた。
「あらー!ゆきちゃん、かわいいキャラ弁ね!」
「うん!今日は七夕の織姫様と彦星様のお弁当なの!」
私は捕らえられ、闇の中へ墜ちて行った。
──その先で彼と再会し、共にゆきちゃんのエネルギーになることを決めたのは、もう少しあとの話。
【靴紐】
棚に並ぶカラフルな靴。
マジックテープは子供っぽい気がして、紐の靴を手に取った私に母が言った。
「靴紐のない靴にしておく? あんたまだ、蝶結びちゃんとできないでしょ?」
私は頷いて、靴を棚に戻した。
モチーフを繰り返す靴紐の色合いまで、今もハッキリと覚えている。
「靴紐のない靴にしておく? お母さん、蝶結びしんどいでしょ?」
大きくなった私は、逆に小さくなった母にそう告げた。
母はそうね、と、棚に手を伸ばした。
──私もまたいつか、靴紐のない靴を選ぶ日が来るのだろう。繰り返し、繰り返す。