たちもり

Open App
3/24/2023, 1:37:21 PM

 雨が降っている。
 ベッドの上から出窓に頬杖をつく。膝の上には大きなぬいぐるみを起いて、しとしと、しとしと、空から地面に落ちていく細切りの雫を眺めていた。濡れた窓ガラスが景色を歪ませ、斑点のような水滴の中では世界が裏返る。自身の重みに耐えかねた小さな世界は窓ガラスを伝い、窓の桟にぶつかってあっけなく潰れた。
 ねむい。
 感慨もなく、そう思う。
 雨の日は全てが億劫だった。頭の中の遠くの方で痛みを感じるし、薄暗い空は意識の覚醒を妨げる。予報外れの雨ならもっと最悪だ。たまった洗濯物は処理できず、向こう1週間の食材を手に入れることすら一苦労。こうなったら全てを放り投げて、ただベッドの上に大の字に倒れ二度寝を決め込むことしか至福の時間は訪れないだろう。
 ぱたぱたと、外に誘うように窓が鳴る程に、意欲の扉は閉じていく。もう本当に今日という生活を捨ててしまおうかな。そう思ってかろうじて伸びていた上半身をスプリングの海に擲ったところで。
「にぁ~」
 肩の力が抜ける、ずいぶんと愛らしい呼び声が耳に飛び込んだ。突っ伏していた顔を横に流せば、にゃ、と小さな音を放つ口がすぐ目の前にある。
「こはく」
 いつの間に傍に来ていたのか、真っ白い毛並みが視界に広がる。ほっぺがつつかれるように冷たいのは、ふんふんと匂いを嗅いでいる猫の鼻先が触れているからだろう。その子は一通り嗅いで満足したのか顔を話すと、白い毛並みをすっと引いて、みぁ~と間延びする声を上げた。おすまし顔でしゃんと座る我が家の白猫様は、声に似合わず随分とエレガントだ。
「あ~、ご飯か……。………………あとちょっと待ってくれないかな」
 頭をベッドにつけてしまったら、億劫さに磨きがかかってしまった。今日は連勤後の休日だし、あと5分の睡眠時間の延長を許してもらえないだろうか。そう、アディショナルタイムといったところだ。
 しかし、自分に与えられたアディショナルタイムは、たったの10秒程度だった。
「あて、いててて、待って待ってこはく、ちょ、いたいって」
 起きろと言わんばかりに、ぷにぷにの肉球が瞼をぐりぐりと押した。目を覆う薄い皮を持ち上げるように頑張りすぎて、ほんのりと出た爪がぷすりと瞼を刺す。流石に痛くて顔を持ち上げて逃げれば、視界が少しばかり滲んでいた。どうやらこの我儘猫のせいで、自分の視界まで雨もようになったらしい。
「まったくもう、しょうがないなぁ」
 はぁ、とため息の後、伸びをする。ようやくベッドから足を下ろせば、満足そうな鳴き声が部屋に響いた。そのまま走って出ていく白い毛玉の後を追う。
 今日の天気は雨。だけれど、自分の瞳を覆っていた雨粒は晴れ、気持ちを覆っていた雲も少しばかり晴れた。寧ろ、雨が降っているのは窓の外だけだ。お陰様で、ちょっとした家事くらいは穏やかにできそうだ。
 我が家の愛猫様々だな、なんて呟いて、感謝の気持ちから餌やりに急いだ。


【ところにより雨】