『今日にさよなら』
今日にさよなら、明日にこんにちは。
そして、お前とクロスカウンター。
○○○
男には、どうしても譲れないものがある。
——女だ。
クラスのマドンナ、リリちゃん。
『私、強い男が好きなの』
その一言で全ては始まった。
不良校と言われる、この高校で。誰が一番強い男かを決める決定戦が勃発。
最後に残ったのは、俺と親友の二人だった。
「やっぱ、おめぇが残ったかよ……」
「ああ、そうだ」
「へっ。オレっちは、負けるつもりはねぇぜ。恨むなよぉ~」
「それは俺の台詞だ」
親友はヘラヘラした顔をしているが、目だけが強く生命力の強い蛇のように光っていた。
肉体的には俺の方が上だ。だが、親友は蛇のようにトリッキーな動きをする。
細めの体格に油断した不良達が、次々と狩られて行ったのを知っており、俺の体に緊張が走る。
——勝負は一瞬だった。
どちらも動けぬ攻防。視線での読み合い。
……次で決めよう。
お互いにボロボロになりながら、目線だけで会話した。
そして決まったクロスカウンター。
ガンガンと鳴り響く頭痛に、鉄の味が広がる口内。熱された鉄板のように熱い身体に、倒れそうになるが気合で持ちこたえようとする。
絶対に勝つのだ、俺が。
そんなときだった。
またもや、クラスのマドンナであるリリちゃんが言った。
「でも、やっぱりぃ、リリはお金持ちが良いかなぁ」
ふつりと切れた精神の糸、薄れゆく視界に親友の呆けた顔が見える。お前もか、分かるぜ、その気持ち。親友。
クロスカウンター。
今日にさよなら、明日にこんにちは。
愚痴なんて男らしくないが、今だけは。
一言だけ言わせてくれ。
——そりゃ、無いぜ。リリちゃん。
おわり
『お気に入り』
お気に入りのカップ、お気に入りの本、お気に入りのぬいぐるみ、お気に入りの場所、お気に入りの言葉。
人には、それぞれたくさんのお気に入りがある。
……だけど、それがなんだっていうんだ。
○○○
「お気に入りって、なんだと思う?」
「なぁに?? 哲学的な問題? むつかしぃ~!」
僕の問いに、目の前の幼馴染はヘラヘラと笑った顔で変顔を向けてくる。
思わずイラッとしたので、脱色しまくってキシキシになった髪を引っ張ってやった。
「いたぁーい」
「嘘つけ」
チっと軽く舌打ちをして頬杖をつく。教室の窓は夕暮れの景色を映し出し、空を烏が飛んでいく姿が見えた。
「この席、後ろの窓際って先生に見つかりにくくて良いよねぇ。俺、ここの席、お気に入りだなぁ」
「僕の席なんだが……」
「かーえーて?」
「……先生に言え、先生に。なあ、お気に入りって、好きとは、どう違うんだ」
僕の問いに不思議そうにアイツは首を傾げる。
幼馴染の耳からジャラリとアクセサリーの音が揺れる音がなった。……また、増えてる。
「とっても、好き……みたいな?」
「それは、大好きというのでは無いか?」
「んーと、んーとじゃあ~。なんか継続的に好き、とか?」
「それは、ずっと好きと、何が違うんだ?」
「うーうーーー!!」
しまいには頭を抱え込んで悩んでしまった。
……結局、お気に入りなんて、こんなものか。
どこか肩透かしのような落胆してつまらない気持ちに、唇を尖らせる。僕はいったい、何を期待していたのだろうか。
「あ! わかった!!」
「…………何だ?」
あまり期待せずに、目線だけそちらに動かした。
アイツはキラキラとした真ん丸な大きな瞳と、ニンマリと大きく笑った唇を開く。
「俺専用です!! みたいな! 好き!!」
「は? それは……それは、その……」
上手く言葉が出なかった。何かが違うような、だけど何かが掠って触れているような。そんな気がしたから。
「だからね、俺は、君がお気に入りの友達だよ!! 幼馴染だし!! 俺専用の好き!!」
アイツの屈託ない笑みに、目を丸くする。
思わず口元が緩みそうになり、手で抑えて隠す。
「そうか……」
「うん」
「そうか」
「うん!!」
「お気に入りって、良いものだな」
「えへへ!」
「帰ろうか」
「うん!」
きっと、大人になったら色んな事が変わっていってしまう。
会わなくなる人が増えて、好きが好きじゃなくなっていって。
じゃあ、そんな感情になんの意味があるんだろうか。
そんな事をふと考えて……不貞腐れて。
そして、いま。気づいた。
あぁ、でも。僕は未来じゃなくて、現在を生きているんだと。
だから、きっと、これでいい。
いつか変わってしまうとしても、過去が変わらないなら。
僕の事をお気に入りと言ってくれたことを、嬉しく思おう。
嬉しく思ったことを、忘れないでいよう。
沈む夕陽を見ながら、帰り支度を急ぐ幼馴染の隣で、そう思ったのだ。
おわり
『誰よりも』
誰よりも自由に空を飛びたかった。
——ただ、それだけだった。
○○○
とある学校の屋上から、一人の生徒が飛び降りた。
遺書などは見つけられず、またイジメなども無かった。
どうして生徒が自ら命を断ったのか、知るものはいない。
おわり
『10年後の私から届いた手紙』
10年後の私から届いた手紙は、たったの色褪せた半紙一枚だった。
“バカ”と一言書かれた紙にくすりと笑みが溢れる。
「バカはいったいどっちよ」
こみ上げてくる当時の想いに涙がこみ上げてくる。
すん、と鼻を啜った。胸が熱くなる。
——あぁ、まだ当時の思いはココにあるんだ。
ぎゅっと煩い心臓を強く抱きしめた。
○○○
10年前。
私は二つの道を迫られていた。
一つは確実で堅実な道。
……ただし、つまらない人生になる。
もう一つは危険で不確かな道。
……それでも私は夢を追いかけたかった。
ネイルアート。
爪にお化粧をする仕事。
『どうして趣味に留めて置かないの?』
何度も何度も、親や友達からそう言われた。
諦めようと、そのとおりだと……でも、諦め切れない私がいた。
そんなとき、一人だけ言ってくれた人が居る。
『人生、いつ死ぬかなんて分からないんだから、明日死んでも後悔無い道を選びなよ』
いつも花に水をやっている、どこにでもいる平穏な青年だった。
平和を求める、刺激や夢を追わないような彼がそう言うのには驚かされたが、それもそのはずだ。
あとになって思う。
彼は知っていたのだ。どんなに美しく咲く花も一瞬で枯れる。どんな花も永遠には咲き続けられない。
——命には、終わりがある。
と。
彼の言葉に背を押されたような気持ちになった私は、ネイルアートの世界に飛び込んだ。
色んな事があった。もうやめたいと、涙で枕を濡らす夜が続いた。それでもこの仕事を続けていたのは、きっと彼の一言があったからだ。
明日、死ぬなら……私は。
あと一日だけ、あと一日だけ。
私は、まだ夢を追っていたいのだ。
そんな気持ちで人生を一歩ずつ歩んで、十年が過ぎた。
私は、この決断を後悔なんてしない。
手元にある紙に笑いかける。
この紙は、過去の私が決別のために書いたものだ。
安定した道を外れて、夢を追いかける私に向けて書いたもの。
そうだ、私はバカだ。
でも、それでいいじゃないか。それがなんなんだ、やってやる!!
そんな気持ちで壁に貼って奮起していた、私宛の手紙。
いつの間にか剥がれて机の奥にしまいこんでいたもの。
「もう、これは要らないかな」
綺麗に折りたたんで、ゴミ箱へそっと滑らした。
10年前の私が笑って許してくれている姿がそこにはあった。
おわり
『バレンタイン』
今年もバレンタインがやってきた。
さあ、憎いアイツにチョコを投げてブッ殺そう!!
○○○
昔、バレンタインとは恋する乙女が、愛した男にチョコを渡す日だったらしい。
今、バレンタインとは恋する乙女が、振られた相手に怨嗟を込めてチョコをぶん投げる日となっている。
「なぁ、今年のバレンタインどうする? お前、死ぬの??」
「や、やめてよ……まったく、縁起でもない」
苦々しい顔もイケメン。
顔面格差とは、これ如何に。
朝の通学路。
バレンタインの日に俺は、イケメンの幼馴染と歩いている。
隣には俺と違って顔面が輝かしいイケメンの幼馴染。さぞや告白されて相手を振ってきたことだろう。
つまり、今日はめちゃくちゃチョコをぶん投げられるという事だ。可哀相。
イケメン無罪なんて言葉が流行ったのは昔。
今は、イケメン有罪なんて言葉が流行っている。
「……そういう君は、心配しなくていいの?」
「はぁ? だぁれが俺みたいな平凡男にチョコぶん投げるってぇ? 未だに告白一つされたこたぁございやせんが??」
茶化してケラケラ笑っていると、アイツは真剣そうな顔で俺に向かってこう言った。
「——俺と付き合ってください」
「…………は?」
ポカンとした顔でアイツを眺める。
アイツはしたり顔で俺に笑って「これで振られたら君もチョコぶん投げられる覚悟しといてね」なんて言って足早に先に行ってしまう。
冗談だろ? そう笑い飛ばすにしては、アイツの耳が赤かったのに気づいてしまって、何も言えずに立ち止まってしまう。
……通行人の、何だコイツの目が痛い。
俺はカバンからチョコを一つ取り出した。
「今年、アイツにチョコをぶん投げるつもりだったんだけどなぁ……」
俺は真っ赤な顔でアイツを追いかけるために走り出した。
——この世のバレンタインに幸あれ!!!
おわり