あなたがいたから
貴方に出会う迄、
私は、人の形をした武器でした。
物心の付いた時には既に、
親の無かった私は、
使い捨ての兵士にする為に、
生かされ、育てられました。
貴方に出会う迄、
私は、人の形をした獣でした。
私を人間兵器として扱う輩から、
何とか逃げ出したけれど、
私は、人間のコミュニティには入れず、
人目を避け、山の中で暮らしました。
でも、貴方は。
こんな私に、優しく手を差し伸べ、
人間の世界に戻してくれたのです。
貴方が居たから、私は、
人間になれた。
貴方が居たから、私は、
人間で居られる。
そう。今の私には。
貴方は私の全て。
貴方さえ居てくれれば、
他には何も…要らないのです。
相合傘
彼と出掛ける約束をしていた日曜日。
天気予報は、曇り所により雨。
こんな天気予報の日に出掛けるのなら、
傘を持って行くべきか、と思い、
折り畳み傘を鞄に忍ばせました。
鉛色の厚い雲は、空を覆い尽くし、
大きな雨粒が、バタバタと、
音を立てて落ちて来ました。
私達は軒先に逃げ込みました。
見上げても、空は暗く雲は厚く。
雨が止む気配は全くありません。
私は、折り畳み傘を持っていましたが、
彼は、傘が無い、と。
ならば、と。
私は、彼に自分の折り畳み傘を手渡し、
一人、雨の中へ駆け出しました。
雨の中、一人びしょ濡れで走る私は、
相合傘の二人連れとすれ違いました。
仲睦まじく、一つの傘に、
身を寄せ合っている二人…。
幸せそうな、相合傘。
相合傘なんて。
私には望むべくも無いのです。
今の私には。
私の傘で、彼が濡れずに済む。
それだけで十分なのです。
落下
落ちていく、落ちていく。
オレは何処迄落ちていくのだろう?
親から虐待され、満足に食えず。
毎日、家の仕事を手伝い、
勉強する事も出来ない子供時代。
堕ちていく、堕ちていく。
オレは何処迄堕ちていくのだろう?
親から逃れても、何も無い。
金も学も人脈も、何も無い。
有るのは、ネジ曲がったプライドだけ。
このまま落ちて行けば、
何時かは、地面に叩きつけられ、
粉々に砕け散るだろう。
このまま堕ちて行けば、
何時かは、闇に引き摺り込まれ、
消え失せるだろう。
でも、オレは未だ、
落ちていく、堕ちていく。
真っ暗闇の中を、
何時迄も落下していく。
オレは、何処迄落ちるのだろう?
底はまだ…見えない。
未来
あれから何日経ったのでしょうか?
私は大切な人を失いました。
狂った様に泣き叫びました。
声が嗄れても、貴方を名を呼び続け、
涙を流し続けました。
あれから何週間経ったのでしょうか?
私は一人、部屋に籠っていました。
彼が居ない世界なんて、
どうでもいいと、思っていました。
暗い部屋で膝を抱え、
彼の名を呟き続けました。
あれから何ヶ月経ったのでしょうか?
私は、彼と二人で部屋の中で、
人目を避ける様に生きていました。
彼は死んではいません。
眠っているだけなのです。
あれから何年経ったのでしょうか?
ずっと眠り続ける彼を、
私は見守っていました。
陽も射さない小さな部屋が、
私の全てに成り果てていました。
彼の目覚める日は、
未だ来ていません。
ならば。
私の未来も、
未だ来ないのです。
一年前
子供の頃は、一年がとても長くて、
前の年の出来事やイベントは、
遥か昔の事のように感じていたのに。
大人になった今では、
一年前の事は、然程遠い過去では無く、
まるで先月の事の様に感じてしまいます。
子供の頃も、大人になった今も、
一年は365日で、一日は24時間であることは、
変わらない筈なのに。
時の流れの速さが違って感じるのは、
何故なのでしょうか。
長いようで短い、一年間。
仕事に、暮らしに忙殺されて、
変わり映えの無い日々の繰り返し。
そんな私には、一年前の私が、
何をしていたのかも、
碌に思い出せはしません。
ただ一つ。
一年前、私が願っていた願い事だけは、
覚えています。
…何故なら。
今日も未だ、同じ事を願っているのですから。