夕暮れに西の彼方が真っ赤に染まり
今日も長い1日が暮れようとしている
私は、1人裏庭のウッドデッキに腰掛け
良い風に吹かれながらしばらく目を閉じ
静かなひとときをまったりと過す…
以上で正解なのは、裏庭のウッドデッキ
のみである…
後はすべて妄想と願望である
現実はと言うと…
「ちょっと〜!何で風呂場から
びしょびしょで来るの〜!」と双子に…
「お〜い!ご飯まだ?アテがないよ」は
旦那…何より食に熱心な人だ
私は、ひたすらキッチンに張り付いて
晩ごはんを必死に作り続けている
皆、各々に願望をぶつけてくる
私の体は1つしかないのに…
「あっ…ネギ…」で私は外に逃亡…
裏庭の畑に行き、ネギを収穫しながら
一瞬良い風が吹いた…(これ現実だ)
立ち止まり天を仰ぐ…(ここはため息)
「さっ、仕上げだ!」
「たそがれ」は私をかすりもしない(笑)
【きっと明日も…】
私たちは形なき魂の存在だ
誰しも皆すっかり忘れて生きている
窮屈な狭い重い身体を借りて
日々生き続けているのだから
苦しく不自由なのは当たり前だ
おまけに、大難小難のオンパレード
自分で決めたゴールに辿り着くまで
今日も明日も明後日も…
うだうだと文句を言いながら
走り続けるしかない…
楽な人生なんてどこにもない
なら、ちょっとでも「幸せ」と
感じられる素直な感性を身につける
事が得策だ…
我が家には双子の男児が居て
一階のリビングダイニングは
毎日が戦争状態だ…
彼らを夜九時に就寝させるのは
明くる日の学校生活の為でもあるし
せめて、我ら大人が1時間でも2時間
でも「静寂に包まれた部屋」で
自分を取り戻す時間が欲しいという
願いもあっての事だ…
しかし、足の踏み場もない程に
ありったけのエネルギーで
遊び散らかした部屋をまずは片付け
なければならない。
もちろん、彼らにも指示出しはする
だが、出す時は威勢よく…
片付ける時は、あ〜でもない
こ〜でもないとなかなか前に進まない
「もう良いから!さっさと2階に行く!」
最終的には大人たちが尻拭いをして
今日も1日が終わる…
「静寂に包まれた部屋」を手に入れる
までには、日々忍耐が必要なのだ
93歳の母は大腿骨を骨折し
施設暮らしもすでに5年を過ぎた
長男夫婦と同居だった事もあり
娘の私が自由になる事は限られている
1つは、毎日電話をかけ様子を聞く事
もう1つは、週1で面会に行き身の周りの
世話をすること…
幸い、認知症はなく精神はしっかりして
いるが、1日のほとんどをベッドの上で
過ごし、時たま車椅子で廊下に出て
気分転換をする事が日課だ…
それでも、毎日頑張って生き抜いている
母を心底尊敬し愛している
身を持って生き様を見せてくれる
立派な母だ…
ここ半年ほど前から、面会が終わり
帰路につく私に毎回母は握手を求める
ようになった…
「何…大げさだね〜」最初は笑顔で
軽く返していたが、最近は違う
母と私の「別れ際に」は大きな意味がある
93歳の高齢なのだ…明日がわからない。
お互いにそれがよくわかっている
「また、来週ね」名残惜しい気持ちで
しっかり握手を交わし「来週も元気で」と
願いながら毎回施設を後にする
数年ぶりに熱を出し床に伏せっている
38℃位の熱なら気合で動いていたが
コロナからこっち、今のご時世は
風邪さえ大病扱いで寄るな触るな…だ
だから、私も世の中の流れに身を任せ
仕事はあっさり諦めた…
気候も人生も一緒だな…
昨夜はピンピンしてたのに一寸先は
わからない。
さっきまで青空だったのに、急に真っ黒な
雲に覆われどしゃ降りになる空と一緒
まるで「通り雨」のようだ…
私の身体…明日はスッキリ晴れますように