ただ道を歩いているだけでも素敵な音に出会えることがある。
魂のこもった音、楽しげな音、忙しそうな音、悲しげな音、たくさんの刺激を持った音だ。
コンクリートジャングル都会の喧騒の中でも出会えるものがある。
私は作曲家。
小さな小さな、みんなが見逃してしまうような刺激を音に乗せて楽譜の上で踊るのだ。
きっと明日も
言葉は魔法だと思う。きっと明日も、良い日になると思うのとよくないことが起こるんだと思うのでは雲泥の差がある。
プラスの言葉にはプラスの、マイナスの言葉にはマイナスの力が働いているように思う。
だから言葉にしてみるんだ。
「きっと明日も良い日になる!」
学生の頃は自転車さえあればどこへだっていけると思ってた。それくらい革命的な乗り物だった。だけどそれなりに大人になっだ今はどうだろう。自転車って実は別にめちゃくちゃ便利な乗り物ってわけじゃない。
「青春フィルターは正直あったね」
「そうかなぁ」
「そうだよ!真夏の坂道とか地獄でしかなかっただろ!フィルターにかかってなきゃここまで美化されるはずがないんだっ!」
何を隠そう僕の友人は青春アンチもとい、モノクロの学生生活を送ってきたいわゆる負け組なのである。
負け組なのは僕も同じだけど。
そんな僕たちがなぜ今こんなに不毛な会話をしているかって?会社で開催されるサイクリング大会に参加させられているからさ!ああかわいそうな社会人!
「後輩ちゃんもくるって聞いたから来たのにさ!なんだよいねぇじゃねぇか!おれ遊ばれたんだけど!!」
「まぁまぁ」
「おれを慰めるんじゃないよ!!!!」
「テンション高いなぁ…そんなんじゃゴールまでに疲れちゃうよ」
「疲れないよ!毎日何時間残業してると思ってるおれは戦士だぞ!!」
「キレすぎておかしくなっちゃってるよ?ほら周りを見て自然がいっぱい〜癒されるよね」
今回の目的はこの残業しすぎて心が病みまくっている友人にたまには外に出てリフレッシュしてもらおうと僕と後輩ちゃんで企てたものだった。会社の催しであることには違いはないけれど。
想像していた反応とだいぶん違う反応をもらっているけれど。
友人も文句は言っているけれどなんだかんだ楽しそうだ。本当に愚痴しか今のところ出てないけれど。相当疲れてるんだなぁ。大変だよなぁ。がんばろうな。
僕らが少年だった頃はまるで冒険に出かけるかのような気持ちで自転車で出かけていたっけ。
少年の小さな世界では1km外に出るだけで大冒険だ。
知らないもの、知らない道があるだけで、世界が少し広がるだけでワクワクしていた。
大人になって色んなものを知って、経験して、学生の頃はとか懐かしめるようになってしまったけれど風を切って感じた楽しい気持ちはいつになっても同じだ。
隣の友人も、同じものを感じていると嬉しいな。
黄昏時、それはーーな時間。
「さーて、今日もお仕事頑張りますか!」
「頼むから無理はしすぎないでくれよ…」
黄昏時に幽世と現世を彷徨う魂たちを正しいところに導くのが俺たちの仕事。迷える魂がいればその魂を悪い方へ連れて行こうという輩もいる。そんな奴らから迷える彼らを守るのも仕事のうちだ。
「…守〜?なんで今日は制服できてんだ?あぶねーから隊服で来いって言ってるよな」
「ごめーん隼さん!今日ガッコが長引いちゃって着替える時間なかったんだよね!」
「嘘つけお前!どうせ寝坊して忘れてただけだろ!」
「……。(なんでバレんの)」
ーーこんな軽いやり取りができることが嬉しい。
隼さんと俺が出会ったのはまさに俺が悪い魂にあっちに連れてかれそうになっていた時。
現世の人間と幽世の魂を引き離すには力がいる。それも特別な力、大きな力。大きな力を使うということはそれなりのリスクを負うということ。
それが、記憶。隊員は小さな記憶のかけらを消費して人間と魂を引き離す引力を召喚する。
隼さんが俺を見つけてくれたのが運悪く俺が幽世に連れていかれる直前で、彼は力を召喚するために多くのかけらを使いすぎた。
彼は半年分の記憶を失った。失う記憶は選択できない。新しい記憶から失うのではなく、無作為に記憶のかけらを失う。大切な記憶だろうが、何気ない記憶だろうが。関係なく。
悲劇、彼は数週間前に結婚したばかりだった。家族との大切な、本当に大切な約束の記憶のかけらを消費してしまった。
俺のせいで。命の恩人の人生を俺が壊してしまった。
彼が、また取りこぼしてしまわないように、彼と同じ思いをしてしまう人を作らないために、俺は今日も精一杯仕事に励むのだ。
「今日も俺が迷い人をお守りするぞ!」
「ったく、俺もいるっつぅのに…。」