毎日何をして過ごしているだろう
全てに自分を責める感覚やことばがついてくる
離してくれない しがらみが取れない
たまには 自分を責めずに生きていたい
朝起きて 顔を洗って ご飯を食べて
勉強して 趣味をして 話して 寝て
そうやって、穏やかに生きたいだけなのに
行こう。どこか遠くの街へ。
足並みを揃えなくていい。
不揃いのまま、様々な音を立てて歩いていく。
どんな景色があるだろう。
どんな感情が巡るだろう。
ひとりでいくのは心細いね。
現実逃避をしなければ壊れてしまう。
そう思い込ませないと、忘れないと、灰になる。
でもそれはまた、くりかえされる。
進めない。
自身を正当化するために現実を拒絶する。最もらしいことをつらつらと並べては納得させる。
思考を、感情をもつということはこんなにも苦しいんだろうか。
テーマと全く関係なくなってしまった…
物憂げな空、とは。
抑も物憂げとは何か分からなかったので、調べてみた。
何となく輪郭が掴めずぼやぼやしている感じだ。
あまり気持ち良さそうな言葉では無さそうである。
空といえば、雲ひとつない青空が爽やかで綺麗だと思う。
太陽光が遮られることなくこちらに射し込んでくる。
しかし何故か、果てしなく広がる青空は、空虚にぽんっと放り込まれたような孤独感や焦燥感を感じさせるものがある。どこまで走っても追いつけないような。際限のない世界が怖くて少し鳥肌がたつ。
物憂げな空とは、オレンジや紫、ピンクや群青色が混ざった夕方の空や、薄暗い雲がずっしりと詰まったかのような曇天の空だと思う。
そういった空は、個人的に青空のように爽やかな気分にはならない。寧ろ気分が落ち込む時もある。だが、どこか安心感がある。
包み込んでくれるような安心感、ではないが、嫌な自分を少し受け止めてくれるような気がして。
まだこのままでいいよと、爽やかでなくとも綺麗でなくとも生きていていいのだと。
少しそういった感覚になる。
物憂げな空が存在しなければ青空が鬱陶しくなりそのまま突っ走り続けて死んでいたかもしれない。
小さな命ってなんだろう。
赤ちゃん?猫?インコ?
分からない。
大きな命ってなんですか。
よく分からない。