#自転車に乗って
顔に風を受ける。颯爽と駆け抜けていく君の後ろに乗りながら前の景色を眺める。
たった5分の帰り道。先生にバレたら怒られるのをわかっていながら、少しのスリル感と全身を満たす幸福。
たった5分
けれどたっぷりの5分を君と分け合っていた。
月日がたった今、今度は隣に君をのせて
車を走らせている。
ハンドルを握る時にはいつもきらりと光る左の薬指をつい覗いてしまう。
#麦わら帽子
8月生まれの君は、とっても夏が大好きだよね、
僕は暑くてアイスよりも先に溶けてしまいそうなのに、「やだー暑いね〜」と言いながらいつも満更でもない笑顔を浮かべている。
そんな君の笑顔が見られるから、少しだけ夏が好きになったよ。
毎年君の笑顔を守りたいと思ってるよ。
今日も日差しが強いけど、僕があげた麦わら帽子を君にかぶせて一緒に外に出る。
今日も君の笑顔は僕が守るよ。
僕は君だけの麦わら帽子だから。
#終点
私は、コンプレックスの塊だった。重たいまぶた。小さな目。低い鼻。小さい口に丸い輪郭。顔だけでもまだまだ出てくる。顔も、体型も、性格も何もかもが嫌いだった。ずっと生きる意味を探していた。
限界に達して縄をくくろうとした時、ふと思ってしまった。この顔で棺桶に入るには醜すぎる。と 化粧をするのが惜しくなるくらいに美しくなろう。私は茨姫になるのだ。
そう思えてからは人生がとても楽しかった。ダイエットをして、整形だってした。
埋没、目頭切開、糸リフト、脂肪吸引、目も鼻も口も体も全部納得いくまでお金をかけて、料理も礼儀も一からならって。できることは全てした。 ただ茨姫になるのだけを夢見ていた。
今日すべてのダウンタイムが終わった。
長かった、この日をずっと待っていた。
茨姫の16歳の誕生日。
私は呪いにかかったまま美しい姿で終点を迎えた。
#上手くいかなくたっていい
失敗は成功のもと とか言えるのは、成功した人が言えることで、失敗して改善してもしても自分の思う成功にたどり着けないことだってある。
そんな時にこの言葉をかけられても、正直ほっといてくれとしか思えない。
「今上手くいかなくたっていい次上手く行けばいい」「失敗していくから上手くなっていく、成功していくんだ。」何度も聞いたこの言葉を、どれだけくだけど、とかせど、飲み込めない。
試験、仕事、告白、色々な場面に向けて、毎日毎日、皮膚に何枚もの羽毛ぶとんでも張り付いたような思いをしながら過ごして、その日にかけているのに、次なんて、成功する時までなんて、とてもイメージできない。来るかどうかも分からない。
成功した人には、上手くいった人には分からない。その時が来ても解放されない、むしろまた見えない抱えきれない何かが押さえつける感覚なんてきっと分からない。
でも、上手くいかなくたっていいのかもしれない。
もう何もしないでいのかもしれない。
疲れてしまったら、この空にふとんも全て
投げてしまって、私も飛んでしまえばいいのだ。
笑い声が響く。 特別大きくもないのに、君の声がいちばんはっきりと聞こえた。
ふとそんなことを思い出した。これかわって〜 とか、貸してーとか、言う君に、しょうがないなー!と微笑むと調子のいい笑顔をかえす君の顔を思い出した。
クイズをしている時に、答えがあってると正解!!と元気に返す君の笑顔を思い出した。
君を思い出すと、君の笑顔を思い出した。
もっと色んな景色を見てきたのに、君が咲かせた花が一番映えている。とても暖かい気温と甘い匂いに包まれている。
蝶よ、花よ、またその景色を連れてきてはくれないだろうか。