目覚めたら病室にいた。白いシーツに白い掛け布団、白い枕、白い壁。色といえば自分の体に通された薄水色の病衣だけ。当たりを見回してわかったが、何故かこの部屋には窓がなかった。ドアがあるので閉鎖している訳では無いが、何故かとても息苦しかった。自分の体には機械が繋がれていた。その機械は大層なもので自分へと続く管がとても太く、これがどのような意味をなしているのか、またこれから成すのか、全く検討もつかなかった。自分はなにかの事故にあったのだろうか。記憶を振り返ろうとはするが何も思い出せない。思い出そうとすると頭に靄がかかり思考が著しく鈍くなる。それでも、ゆっくり、無理をしてでも思い出そうと努力する。すると靄が黒ずみ初めて、意識を覆ってきた。驚いて思い出すのをやめた。今記憶を振り返るのはよくないのかもしれない。大きく深呼吸し、体を伸ばしてみた。特に異変は感じられない。骨や内臓をおかしくしたわけでは無さそうだ。頭に何か障害が?それともウイルス感染?様々なことに頭をめぐらせていると鍵が開く音がなりドアが空いた。女性の看護士が入ってきた。その看護士はとても背が高く、髪を一つにまとめていた。顔は無表情で、背が高い以外に特徴がなく機械のように見えた。
「こんばんは」 看護士が言った
こんばんは、と返した。夜だったのか。
「突然の事でとても混乱していると思われます。あなたの病気について説明させていただきます。」
頷き、話の続きを待った。
「申し遅れました。私は絵柄志(えがらし)といいます。これから病気の説明を行いますが、罹病への経緯そして病気そのものへの説明、その他の質問について全てをお答えすることは出来ません」
なんだそれは。思考が一瞬停止した。
「その理由を聞くことはできますか」僕は尋ねた。
「はい。それはあなたの患った病そのものが原因です。あなたが患った病は記憶に関するもので、『あること』が頭に思い上がると症状が現れます。その症状はとても深刻なもので普通の生活を送ることが出来なくなる損害をあなたに与えます。発症を避けるため、あなたの質問に答えることができないことがあります。あなたは情報を遮断されている状況にあります」
様々な違和感に納得がいった。窓がなかったりする理由はそこにあるのだろう。その『あること』思い出したらどうなるのだろう。その症状について質問しようとしたが具体的な説明がされない以上答えられない質問だと察した。
「既にお気づきだと思いますが、あなたの記憶は消されています。それは『あること』を思い起こさないためになされた処置で、御家族の同意の元行われました。」
覚えていない家族に憤りを感じたが、彼らの立場になりやるせなくなった。
「以上で説明は終了です。なにか質問ございますか。答えられる範囲でお答えします」
自分は恐る恐る聞いた。
「治る見込みはありますか」
「今のところ不明です。」
黙るしかなかった。しばらく黙っていた。
「何かございましたらこちらから伺います。それでは失礼します」
無機質に絵柄志さんは病室を去っていった。
1人になって様々な考えが頭を交差した。
発症したら自分は死ぬのだろうか?『あること』ってなに?自分自身でその『あること』にたどり着いてしまったら?じゃあ考えるということ自体がタブー?
これからどうすればいい?
自分は自分の置かれた状況に絶望した。