─── 夜の海 ───
とても静かだ
ここには誰もいない
いるのは私と水の中で眠る生き物たちだけ
音は大きくないけど少し迷惑かな
ごめんね
ここが1番の練習場所なんだ
誰にも見られないし邪魔されないから
水面の上で箒にまたがり
そっと口の中で言葉を紡いだ
パッと空が明るくなる
月でもない星でもない
夜の花を空に咲かせることが
今の私に与えられた課題
─── 自転車に乗って ───
子供の頃に練習はしたよ
別に途中で投げ出したわけじゃないけど
結局乗れないまま今に至ってる
そんな私を後ろに乗せて走りたいなんて
君は相当変わってると思う
乗せられる私は結構怖いんだけど
安全運転で走るから大丈夫だと言いながら
なんだか楽しげに私を後ろに乗せ走り出した
走り出すと怖かったのは最初だけで
風を感じたり景色が変わる事に何故か感動した
私のトラウマをこんなにも簡単に拭い去るなんて
当たり前だけど歩くのとは全然違うね
君の背をつかんでぼんやり考えてたら
だいぶ遠くまで走ってきている事に気付く
帰りがあるの忘れてないかな
私を乗せたいと言ったのは君だからね
家に帰るまで責任はちゃんと果たしてよ
私は練習していたあの日の事故で
両足が不自由なんだからね
─── 心の健康 ───
喜怒哀楽だけじゃないね
とても難しい
君にも教えてあげたい
作ってあげたい
ココロを
心があること
感情があることは
とても素晴らしいんだ
だけど作るべきではないのかもしれない
一歩間違えば
苦しみを与えることになりかねない
事実今の僕は
心のせいで
感情のせいで
悩み苦しんでいる
これを君に感じてほしくない
矛盾な考えを抱えながら
不安を緩和し眠る為の錠剤を口に運んだ
─── 君の奏でる音楽 ───
素晴らしい音楽家
少なくとも私にとってはそうだった
いつも何かを口ずさみ
いつも楽譜と睨めっこ
私に最初に聴かせるのが楽しみだと
嬉しそうに話す笑顔は眩しかった
一緒に過ごした日々は私の大切な宝物
だけど君は遠くへ行ってしまった
私の手元には君が残した
大量の楽譜と楽器がひとつ
思い出に浸りながら慣れない楽器に手を伸ばし
私に聴かせてくれた曲を練習する
君が帰ってきた時に驚かそうと思ってさ
叶うかもわからない私の夢
─── 麦わら帽子 ───
まだまだ手付きがおぼつかない
そりゃそうだ
私だって手が慣れるのに時間がかかった
手が完璧に覚えるようになるには
さらに数年は必要なんだ
簡単じゃないさ
でもやりがいはある
暑い季節になれば
年齢も性別も関係なく
大勢が好んで身につけてくれる
家業を継ぐため修行に励む孫の姿を
自分の若い頃に重ねつつ
私も大麦の稈を編む