べにしょうが

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3/20/2023, 9:10:09 AM

 とん、と跳ねた心臓を自覚した時には、もうわたしは手遅れだった。喉がきゅっと締まって息ができなくて、彼を視界に入れることすらできない。けれども、苦しいからと目を逸らしてみれば、おかしな事に満たされない感覚を覚えるのだ。その感覚は視界に入れるよる苦しさよりもずっとずっと辛くて、身が引き裂かれそうになる。結局、わたしは彼を見る事による苦しさを選択した。
 静かに微笑む口元、どこか鋭く冷ややかな瞳、細く、けれど骨ばった指、彼のすべてがわたしを殺さんとばかりに射抜く。「貴方のせいでこんなに苦しい」と、制服のスカートを力いっぱい握って、叫んでやりたい。貴方が穏やかに笑うから、時折どこか遠くを見つめるような、泣きたくなるくらいの表情を見せるから、わたしと目が合った時、氷みたいな瞳を優しく緩ませるから。わたしは、胸が痛くて、高鳴って、甘くて仕方がない。どうにかしてよ、貴方のせいなんだからって、文句を言いたい。

 ……それってもう告白と相違ないのでは?

 頭の中で、理性的な部分がそう呟く。違う、そんなのじゃない! わたしは瞬時に反論し、ギュウギュウ軋む胸を抑えた。ほろりとひとつ涙が落ちて、彼があの指で優しく拭ってくれたらいいのに、と願った。
 どうしたって胸が痛い。彼が恋しくて夜も眠れない、テストの成績だって落ちそう。良いことなんて全然無いのに、わたしは、彼に焦がれることをやめられない。

【胸の高鳴り】