香水の香りがふわり。
首筋に顔を埋めてその香りを堪能する。
例えば同じ香水を買ってつけても同じ香りにはならない、あなただけの香りを独り占めしたくて、両腕に力が入る。
背中にあなたの手が回されて、私だけの香りになる。
私の吸う空気は、あなたの空気。
海へ行きたい
という私に、
髪、ばさばさになるよ?
と現実的な指摘をする彼
確かに。まあ、言ってみただけ
別に海が好きなわけでもないけど、
何かを求めて海に行きたくなる
ロマンチック?
青春?
鑑賞?
海に惹き付けられる衝動はなに?
さよならを言う前に
言い残したことはないか、必死に頭を巡らせる
忘れ物ない?
あれ返してもらったっけ?
言い残していてもいいか
また会う口実に出来るから
これでお別れなんて苦しすぎるから
終点まで乗ったらそれは旅行。
キャリーケースを手にする観光客を眺めながら、通勤バッグを引き寄せる。
もう、行っちゃう? 寝過ごしたとかいって、まあ会社には体調不良で濁すのも手だけど。
車窓は住宅街を抜けていつもの商店街。あ、あんな所にあんなお店が、なんて発見もない、変り映えしないいつもの風景。
そしていつもの通勤客、私。
変わらないのは私も一緒。
いつもの停留所で降りる。いつも通り。
でも、今日は仕事終わり、彼と夏のイルミネーションを見に行く。全国的には無名の、商店街企画イルミネーション。しょぼいなーと言いながら毎年見に行っている。
旅行はまた今度。彼と行こう。
そう思いながら、軽やかに地面を蹴る。
病室ように潔癖な彼女の部屋に、異質なカエルのぬいぐるみ。
ひとつではない。形を変え大小問わず大量のぬいぐるみ。
しかも一体ずつ名前もあると。
予想だにしなかった彼女の意外性。
人は裏切るけど、この子たちは裏切らないから。
体温のない声でカエルを抱きしめながら彼女は独りごちる。
過去に何があったの。
それには答えず、冷蔵庫からビールを取り出した。
さ、飲もう飲もう、今日も一日お疲れ様
カエルのぬいぐるみを抱き抱えながら。