お題「消えない焔」
*これは私が書いている小説の一部です。
【奪われた日常】ルイ
地面が、湿った土と温かい血の匂いを混ぜて立ち昇らせていた。ルイは、耳の奥で、風の轟音よりも鮮明に、地に伏した同胞達の魔力の消滅を聴いた。 首を切り落とされた父と母の亡骸が、乾き始めた土の上で、首のないまま、何かを訴えているように転がっている。鮮血は、もう流出を終えていた。
「さぁ魔族共観念しろ」
輝かしい光を放つ剣を振りかざし、人間が吠えた。
剣が振り下ろされる度、同胞の亡骸が増えていく。
私達がお前達に何をした。
何故私達は攻撃される。
「勇者様!」
1週間程前、森で倒れ、保護してやった人間の娘が、足元に転がる少女の亡骸には目もくれず、男に駆け寄っていく。
人間の娘と仲良くなりたいと言っていた、花を愛したあの子の瞳は、もう光を映すことはない。
あぁ、そうか。この娘が、人間から隠されていた里の場所をこの者共に伝えたのか。本来、里の入り口には認識阻害の術が張り巡らされているはずだった。しかし、今の里の入り口には、あの娘の字で書かれた解呪の札が貼られている。
勇者と呼ばれた男が連れてきた人間たちが、我々の家を、町を、住民を、築き上げてきた物全てを瓦礫に変えていく。
「きゃぁぁ!!まっ……魔族ですわ!勇者様!」
あの娘が男に縋り付く、男の外套で顔を隠しているが口角が上がっているのを私は見てしまった。
なんと醜悪な顔だろう、花が綻ぶような笑顔を見せていたあの顔は偽りだったか。
「なぁ………勇者とやら………何故私達を殺す?」
無駄だと分かりながらも、仲間たちの亡骸に回復魔法を使い続けた私の身体はすでに魔力切れていた。魔力が切れた私の体は、言うことを聞かない。どうせ殺されるならと、理由を問うてみた。
「魔族よ、貴様らは多くの人を傷つけた…これはその罪に対する制裁である。」
あの娘と対照的に、男は酷く悲しそうな顔をしていた。男は「すまない…こうするしか無いんだ」と無音の謝罪を口にすると。剣を振り下ろす。私の視界は赤く染まった、最後に見たのは男の今にも泣き出しそうな酷く歪んだ顔だった。
【蒼炎の決意】ルイ
冷たい地面に伏し、ただ眼前に広がっていく赤を眺めていた。
倒壊した家々からは、無駄に豪華な鎧をまとった者たちが金目の物を運び出していった、あの鎧は王国の近衛騎士団だろう。自分達が積み上げてきた日々を土足で踏み荒らされるように思えた。腸の奥底から何か熱いものがこみ上げてくるように感じた、内側から焼かれる程の怒りと憎しみ。それに応じるかのように、私の身体は魔力を回し始める。
このまま目覚める事なんてなければ良かったとも思った。けれど、私の身体は意志に反して、枯渇した魔力を使い治癒魔法を使い続ける。まるで死にたくないと藻掻いているように、傷を塞いでいく。傷が塞がっていくたび、生き残った事実が鉛のように重く、心臓を押し潰した。
動けるようになる頃には、人間達は残っていなかった。残っているのは、無残にも切り捨てられた無数の同胞の亡骸のみ。
「ルアナ…」
花が好きだった彼女、ルアナの側に腰を下ろす。
首の無い身体は、首を跳ねられるまで彼女が抱えていた花に飾られている。彼女の好きな白い、華奢な花々は、赤黒く染まっていた。
少し離れた場所に、彼女の黒髪が散らばっているのが見えた。恐怖と驚きに染まった彼女の顔が、私を見つめていた。
「ごめん、ルアナ」
「君を……守れなかった」その謝罪を受け取ってくれる人はもういない。
「せめて、安らかに眠っておくれ……」
白い花の汚れを拭い、彼女の首元へ添える、傷口が目立たないように。
まだ柔らかい彼女の顔に触れる、仄かな温かさは瞬く間に流れ出ていってしまう。
せめて、せめてこれ以上踏み躙られる事が無いようにと、灯を落す。私の手から落ちた青白く輝く灯は彼女の頬を撫でた、彼女を包み込むように優しく燃える青い炎は、数分もしないうちに村全体を包み込む。
燃やし尽くし、灰さえも残さない。
もう二度と、人に弄ばれることがないように。
安らかに眠れ同胞達よ。
青い炎は全てを無に帰し、私の復讐心に火をつけるのに十分な火力を持っていた。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
何もかも消えていく、ルアナもお父様もお母様も、居場所が全て消えていく。悲しみ、怒り、恨み、負の感情が渦巻き、自分を保てなくなりそうになる。
「………っ」
ぱさりと顔に髪がかかる。彼女が綺麗だと褒めてくれた、腰まで伸ばしていた髪。それを衝動的に短剣で切り落とす。頭が軽くなるのと対照的に胸に鉛が入り込んできたように体が重くなる。悲しむな、怒れ。嘆くな、恨め。
切り落とした髪を、未だ強く燃える炎に焚べる。
今、この時をもってして、何もできなかったルイと言う少年は死んだ。
「俺は、この世界を壊そう…」
そう呟いた言葉は、誰かに届くこともなく、風の音にかき消されていった。
俺はもう、何もできない魔族ではない。この身に宿すは世界を飲み込む復讐の炎だ。
『夏』
蝉が騒がしく鳴いている。
今日は昨日より少し涼しいからかな、外で活動している部活も多い。
蝉の声と学生の声が混ざって空へ溶けていく。
遠くから、吹奏楽部が音出しをしている音も合わさった。
「あ~終わらねぇ〜」
「口じゃなくて手を動かせ、手を」
夏休みの真っ只中、外から聞こえてくる喧騒をBGMにクーラーの効いた教室で作業を進める。
「にしても涼しいなぁ…ホントにここ教室かよ」
「冷房ガンガンかけてんだから涼しいに決まってんだろ」
「いやぁさ、夏の教室って言ったら、あの纏わりついてくる暑さと扇風機と窓から入ってくる生ぬるい風だろ〜〜」
「いつの時代の話してんだよ」
そんな軽口を叩きながら、着々と作業を終わらせていく。
「あのさぁ」
「なんだよ」
終わりも近づいた頃、ふと思いついたことを提案してみようと、相方を見た。相方はめんどくさそうな顔をしている、失礼な。
「エアコン止めて、窓開けても良い?」
「はぁ?!こんなクソ暑いのに?!俺はやだね!!」
「えぇー?あの頃の教室体験しようぜぇ?ノスタルジックに浸ろうぜぇ?………まぁ承諾なくやるんだけどねっ!」
エアコンを止めて、窓を開ける。むわっとした熱気が教室に舞い込んでくる。
なんか後ろでギャーギャー言ってるが知らん。
「あぁ〜〜これだよ、これ」
「うわぁあっつ……でもなんか懐かしく思うのが腹立つ」
「だろぉ?」
熱気の中に、少し爽やかな風が混ざっている。土の匂い、蝉の鳴き声、生徒達の声、全てが懐かしくなる。
急にガラッと教室のドアが開く。
「うわ蒸し暑っ!せんせー達何してんの?エアコンもつけないでさぁ、あっそうだ!たなせんが二人のこと呼んでたよー」
「おー高橋か、分かった、ありがとな」
「高橋ぃ、お前何度言ったら先生のこと略すのやめんだ……田中先生に小言言われるの俺達なんだからなぁ」
「じゃぁ俺は忘れ物取りに来ただけなんで!しつれーしまーす」
元気よく走っていく高橋に、廊下は走るなと叫んでから、資料をまとめ教室を後にする。
「田中先生が呼んでるって何だろうな」
「さぁ?ただいい話ではないのは確か」
「嫌だぁ」
学生時代に思いを馳せていた時間は早々に終わりを告げた、新任教師の俺達は、学年主任の田中先生の元へと急ぐのだった。
「心だけ、逃避行」
少し目を閉じてみる。
周りの喧騒が、すっと遠くに離れていく。
ピンク色の雲や、オレンジ色の空。
ふわふわと空を飛ぶ空想をする。
ここが私の隠れ家。
嫌なことがあったらここへ逃げ込むの。
現実は逃がしてくれない、辛い現状は変わらない。
なら心だけでも逃避行してもいいでしょう?
ピピピッと無機質な機械音が響く。
今日の逃避行はここでおしまい。
私は現実へと戻っていく。
「やさしい雨音」
トントン、ポトポト
雨音が窓をノックしている。
動物たちも雨宿り、カエルの鳴き声だけが遠くから聞こえる。
思い出すのは、この夜と同じ静かな雨の降る夏の夜。
蚊帳の中で姉が呼んでくれた月の兎の絵本。
月から来た兎は愛するものを見つける、けれど自身の出生から永遠に一緒にいる事は出来ず命を落とす。彼の子供は月へ渡り、故郷を思い出し満月の夜には月に自身の姿を映し出し、懐かしむ。
そんな切ない絵本が私は大好きだった。
今日は満月。けれど雨が降っている。
月からは雲が邪魔でこちらは見えないだろう。
故郷が見えない兎が静かに泣いている、そんな風に感じるこの雨に、兎を慰めるように地上は優しい雨音を鳴らしている。
雨音を子守唄にして我が子は眠る。
私は、かつて姉が読んでくれたあの絵本の最後の方にページを閉じた。
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小さい頃、自分が大好きだった絵本を元に書きました。20年くらい前の絵本だけれどまだ手元にあります。
将来自分に子供が出来たら呼んであげたいなぁ
「風と」
ぬくい風が吹く。
5月の夕暮れ、春に感じていた夜の冷えはなくなり、ぬるいけど何処か爽やかな風が吹いている。
漕ぐたびにカラカラと音を立てる自転車。
「あと1年、保ってくれよ」とハンドルを軽く撫でた。
3年に上がって早1ヶ月。
もうすぐ、学生生活最後の夏が始まる。
「おーーい!一緒にかえろうぜぇー!」
後ろから、友達のよく通る声が聞こえて少し減速する。
自転車を押しながら、他愛のない話を積み重ねていく。
次々と、一緒に歩く人数が増えていく。
もうすぐ夏が来る、いつか終わる、分かっているけれども、この青い春だけはずっと続いてほしいと願う。
そんな気持ちを肯定するかのように、追い風が俺たちの背中を押していく。