「風と」
ぬくい風が吹く。
5月の夕暮れ、春に感じていた夜の冷えはなくなり、ぬるいけど何処か爽やかな風が吹いている。
漕ぐたびにカラカラと音を立てる自転車。
「あと1年、保ってくれよ」とハンドルを軽く撫でた。
3年に上がって早1ヶ月。
もうすぐ、学生生活最後の夏が始まる。
「おーーい!一緒にかえろうぜぇー!」
後ろから、友達のよく通る声が聞こえて少し減速する。
自転車を押しながら、他愛のない話を積み重ねていく。
次々と、一緒に歩く人数が増えていく。
もうすぐ夏が来る、いつか終わる、分かっているけれども、この青い春だけはずっと続いてほしいと願う。
そんな気持ちを肯定するかのように、追い風が俺たちの背中を押していく。
『手紙の行方』
毎年、あの人の誕生日になると一言だけ書いた手紙を火に焚べる。
私を一人にした酷い人。
私に宝物を残して逝った酷い人。
でも愛する人。
命日になんて送ってやらない。
あなたが居なくなった日に手紙なんてくれてやらないんだから…
あなたが生まれた日には手紙を出すから許してね。
今年の手紙は、私の字の下に不格好な文字が増えたの。どうか、届きますようにと、パチパチと音を立てる火に願う。
『時間よとまれ』
17:30、日が落ちる頃。
自転車の後ろに、君を乗せて走ったのを思い出す。
あの頃見た秋桜畑は今も変わらない。
あの頃よりシワの増えた手で花を愛でる君は、あの頃と変わらない優しい笑みを浮かべていた。
白くなった頭が夕日に染まっていく。
あぁ、どうか何時までも、何時までも。
永遠にこの美しい光景を見ていたい。
明けましておめでとうございます。
昨年はお世話になりました。
今年も皆さんの素敵な作品が読めること嬉しく思います。
今年もよろしくお願いします!
『胸の鼓動』
自分より背の高い。
あなたの腕の中にすっぽりと収まると。
どくどく、と心臓の音が聞こえます。
何年経っても、抱きしめる時に速くなるその胸の鼓動に。私は恥ずかしくも嬉しく思うのです。