「やさしい雨音」
トントン、ポトポト
雨音が窓をノックしている。
動物たちも雨宿り、カエルの鳴き声だけが遠くから聞こえる。
思い出すのは、この夜と同じ静かな雨の降る夏の夜。
蚊帳の中で姉が呼んでくれた月の兎の絵本。
月から来た兎は愛するものを見つける、けれど自身の出生から永遠に一緒にいる事は出来ず命を落とす。彼の子供は月へ渡り、故郷を思い出し満月の夜には月に自身の姿を映し出し、懐かしむ。
そんな切ない絵本が私は大好きだった。
今日は満月。けれど雨が降っている。
月からは雲が邪魔でこちらは見えないだろう。
故郷が見えない兎が静かに泣いている、そんな風に感じるこの雨に、兎を慰めるように地上は優しい雨音を鳴らしている。
雨音を子守唄にして我が子は眠る。
私は、かつて姉が読んでくれたあの絵本の最後の方にページを閉じた。
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小さい頃、自分が大好きだった絵本を元に書きました。20年くらい前の絵本だけれどまだ手元にあります。
将来自分に子供が出来たら呼んであげたいなぁ
「風と」
ぬくい風が吹く。
5月の夕暮れ、春に感じていた夜の冷えはなくなり、ぬるいけど何処か爽やかな風が吹いている。
漕ぐたびにカラカラと音を立てる自転車。
「あと1年、保ってくれよ」とハンドルを軽く撫でた。
3年に上がって早1ヶ月。
もうすぐ、学生生活最後の夏が始まる。
「おーーい!一緒にかえろうぜぇー!」
後ろから、友達のよく通る声が聞こえて少し減速する。
自転車を押しながら、他愛のない話を積み重ねていく。
次々と、一緒に歩く人数が増えていく。
もうすぐ夏が来る、いつか終わる、分かっているけれども、この青い春だけはずっと続いてほしいと願う。
そんな気持ちを肯定するかのように、追い風が俺たちの背中を押していく。
『手紙の行方』
毎年、あの人の誕生日になると一言だけ書いた手紙を火に焚べる。
私を一人にした酷い人。
私に宝物を残して逝った酷い人。
でも愛する人。
命日になんて送ってやらない。
あなたが居なくなった日に手紙なんてくれてやらないんだから…
あなたが生まれた日には手紙を出すから許してね。
今年の手紙は、私の字の下に不格好な文字が増えたの。どうか、届きますようにと、パチパチと音を立てる火に願う。
『時間よとまれ』
17:30、日が落ちる頃。
自転車の後ろに、君を乗せて走ったのを思い出す。
あの頃見た秋桜畑は今も変わらない。
あの頃よりシワの増えた手で花を愛でる君は、あの頃と変わらない優しい笑みを浮かべていた。
白くなった頭が夕日に染まっていく。
あぁ、どうか何時までも、何時までも。
永遠にこの美しい光景を見ていたい。
明けましておめでとうございます。
昨年はお世話になりました。
今年も皆さんの素敵な作品が読めること嬉しく思います。
今年もよろしくお願いします!