閉ざされた日記
日記は個人が書いてて
基本的に他人には読ませないはず
誰に閉ざされたんだろう
日や状況で日記の意味が変わる
他人や知人でも変わる
日記の役割は日々で違ってる
言葉や文章など
他を知ってれば
読め方が当然に違っている
書いてる人を知ってる事で歪んだりする
知らないから
そのままを読めたりする
包丁で人を殺せるけれども
包丁で料理も出来るね
言葉を書いた時点と
言葉を読んだ時点で
言葉として同じでも閉ざされる
ある程度の長文にすると
どうしてもズレるから
統一する意識が必要になる
読んで貰わないなら気にするまでもない
日々は動いてる
日記と見て浮かんだのは
義妹生活だったりするんだけど
日記は書いた当人にしか
ちゃんと読めないと思うよ
要するに始めから閉ざされている
他人は判らんけど
自身に判るのが
面白いところだと感じる
木枯らし
こがらし
葉を枯らす風?
季節が違うんだけど
場所に左右されるんだが
秋から冬に掛けて吹く冷たい強風
葉は枯れるけど
木は生きている
枯れるのは一部の木の葉だけ
葉が落ちて
乾燥して
地面をカラカラと鳴らす
そんなイメージ
ちなみに現在は1月17日です
余分を落とすのも良いんだけど
余分を蓄える事は必要だと思うんだよね
コスパにダイパなど
過剰に稼ごうとしてる商売が多い
繰り返し使われないと生き残れない
短期的快楽は
長期的には自殺か病気
仕方がないので選べる内から決めるだけ
相変わらず
色々と高くなってるが
選ばれなくなるよ
選べれる程の余裕がないから
色々と木枯らし程度で済めば良いんだけど
多分は木ごと枯れてしまう
美しい
均衡
衝動
動いたまま
止まってもいる
調和と圧倒的な差
一部で全て
全ての一部ではない
再現が出来ても
敵わない
叶えもしない
ただのそのままがある
到達不可能だからって
諦めたりしない
可能な限りを尽くすしかない
だってそれはその人のモノだから
この世界は
世界は世界で
世界としてありはする
あると考えられている世界
あったと感じられた世界
あるんじゃないかと思った世界
世界をそれぞれに
世界と各々を
世界と世界を結び考えて
統一しようと試みられてる
だから綻び歪んでる
統合するまでもなく別々で
それでいて一つの器なんだと想われてる
共通するモノも沢山あるけど
だからって同じではない
全てを知ることなんて出来はしないし
世界はと表現される時々で
全てである様に語られてるけど
ほんの一部で
その一部でさえ正しくはない
しかし共有はされてる
世界って言葉だけで所有されてるみたい
この世界は固定されていない
似たような結果になるんだとしても
その度に仮に作られた世界
どうして
判らんけど
そう思った
思ったから判るかも
いずれ判るように考えられるはず
なんでかは知らないけど
大丈夫って感じ
当たらなくても別に困らないし
最終的には委ねるしかないんだからさ
個人として無力で
団体として愚かでも
それはそれとして感じるし
思うところがあると考えられるでしょう?