別れ際に
別れてるのが常だから
特別な何かはしない通常運転です
今の所は誰が相手だろうとね
別れ際に
別れる前にってことだけど
特に何も思わないって意味ではない
それでもいつも通りで
そのいつも通りに違いはない
何と別れるにしても
どうってことはない
元々が別々なんだよ
別れ際に何かするとしても
それも含めての別れ際な訳で
自分を継続していくだけ
自分に残ってるものは何かしらある
例え思い出せないにしても
思い残しがあるのが普通で
仮に全てを伝えても
継続して変化していくので
全てでは無くなってしまうよね
何かを与えても
何かを奪っても
その何かは
自分にとってじゃないかな?
通り雨
たまに出会うくらい
今年はまだ出会ってないはず
出会ったら雨宿りしつつ
どうするかをしばらく考えて諦めて歩く
帰ったらシャワーだなってね
行きだと困るけど
行きだから仕方ないんだよね
行かない訳にも行かないし
最悪帰りにコンビニで傘を買う
通り雨って何故か毎回強い雨
雨ではないけど
通り霰に一回出会ったことがある
バイトの行きでしかも自転車
あれは困ったよ
遅刻でいいやってしばらく待ってた
割とすぐに止んだから遅刻はしなかった
出会ってしまったらどうしようもない
これが嫌な人間なら手段はある
でも空からは逃げられない
運が良いと
空に虹が出たりするから
ちょっとくらいなら悪くはない
雨に悪気はないんだから
人間よりはまだいいんじゃないかと思う
秋🍂
秋で🍂がでるね
落ち葉でも🍂がでる
枯葉でも🍂はでる
さてどれの意味だろう
どれでも🍂ではある
こう言う記号はどう処理するべきかな
好みでは入れたくはない派ではある
とは言え一応はお題である
一応でしか過ぎない
書きたいことがあれば
自分でお題を決めればいいだけで
別にお題に沿う必要はない
お気に入りのモチーフがあると書き易い
私の場合はお題はいつも
書き終えてから考える
実はあまり考えてはいない
なんとなく漢字などをみてて
これでいいかなって決めてみてる
お題から入ると
お題には触れるけれど
結局は書けることを書くだけ
入り口は出口でもある
さて何処から出たのだろうか?
窓から見える景色
前にも同じテーマあったような?
んーまぁいいか
窓からは光が差し込むくらいで
わざわざ景色を見ない
窓の景色としては白い光
窓を見てるって訳で窓の外は見ていない
窓から見える景色は安全だね
境界線がそこにあるから
ある程度は無関係であれる
景色はどうであれ
白い光は見えてはいる
きっと景色を見るにしても空が中心
空を見たいなら
外の方が気分はいいと思う
天気が良くても悪くても
確実にそこに空がいるんだから
何も知らない他人
その視線を気にするくらいなら
いまある自分を見た方がいい
自分にならある程度は手を加えれるから
自分に恥じることの方が他人より重い
誰かの思い込みに
応えてしまっていないかい
あなたが応えれるのはあなたにだけだよ
出掛けるときもあまり外は見ないかも
形の無いもの
形はあるけど形が変わっていく
その道中でなら
あるようでないかも
形の無いようなものでも
離れれば形は見えてくると思う
距離と捉え方の問題
形が判らないものが
そこから見た形の無いもの
形はないが捉え方はある
それが形なんじゃないかと
気持ちとか記憶なんかはそうじゃない
その時には形はないんだけど
後で形にしている
ああそうだったんだなって腑に落ちる
そうなってからは形ではなくなる
解けて何処かに行ってしまう
もうどんな形だったのか判らなくなって
たまに現れたりする
ずっと同じ形を保つことは大変で
必要になるか気がつくまでは
本来は形はないのかもしれない
形にしたとたんに不自由になるものは
形に囚われていて呪っているのかも
形とは捉え方なんだと思いましたとさ