夢を描けない人間も、とりあえず言われた通りにレールに乗っていれば、平凡に立派な大人になれるらしい。
それを証明したのは僕の従兄だった。
別にこれといって好きなものもなく、得意なものもなかった従兄は、大人の意見に時に反発しながら、でも最後には折り合いをつけて、ずるずる受験を終えて、ずるずる大学を卒業して、ずるずるそこそこ良い会社に就職して、ずるずるそこそこの生活を営んで、今年の一月には僕にもきちんとお年玉をくれた。
そんな従兄を見てきたから、僕は夢を描くことにした。
みんなと同じレールに乗るのは嫌だったから。
僕にも、好きなものや得意なことはなかったけど。
夢は、見るだけじゃダメらしい。
夢を目標にする過程がくっきりと見えるくらい、詳細に微細に描かなくては、夢は実現しないし、周りもマジにはなってくれないのだ、と。
近所でいつもフラフラしていて、公園で小学生たちとよく遊んでいた、くたびれたスウェットを着た大きいお兄ちゃんが言っていた。
「夢を描け!」
無数のテレビや動画や動画に差し込まれるCMや何も知らない大人たちは、無責任にそう煽った。
僕は知っている。
夢は見るだけじゃダメだということ。
夢は詳細までしっかり描くのが大切だということ。
夢がない人にこそ、レールに乗った人生が救いだということ。
僕のパパは死んだ。
夢を描け!と言う、今どき僕でも引っかからない無責任な煽りに、ホイホイ乗っかって、中途半端に夢を描いて、現実に押し潰されて、夢でふわふわに描いていた残りの人生を、現実まみれの現金に変えるために、遺書を書いて、椅子を蹴って、
死んだ。
僕のママは嘆いた。
物体に成り果てたパパをどうにか処理して、パパの遺したものをなんとか整理して、黒い喪服にやつれて疲れ切った頭を貼り付けて、
嘆いた。
だから僕は夢を描くことにした。
夢を描け、という無責任な言葉に踊るいい歳をしたパパに先立たれ、夢を追いかけた敗戦処理という現実に追い詰められて、疲れ切ってやつれて恨み言しか吐かないママに育てられた僕は、少なくとも普通ではないし、従兄のような平凡な幸せでは、満たされないと思う。
だから、僕は夢を描くことにした。
夢を描いて、完遂すれば、無責任に無邪気に、「夢を描け」なんて言う大人たちを冷笑できるし、
夢を追う人を執拗にこき下ろすママの恨み言もきっと止められるし、
大人ではなかった馬鹿なパパを嘲笑えるし、
僕よりずっと幸福で平凡な従兄にも優しくできると思うからだ。
だから、僕は夢を探している。
とびきり上等で、僕でも細かく描ける夢を。
高校までには決めたいところだ。
僕は今、小学五年生だから、あと四年ある。
夢はまだ見つかっていない。
僕の周りの大人はみんな、「夢を描け」と言う。
まだこれから長いんだから、でっかい夢を描け、と。
僕は夢を探している。
細かく描ける、実現のビジョンがきっと立ち上がってくる、僕のための夢を。
僕の描くべき夢は、まだ見つかっていない。
テレビリモコンが届かない。
赤い電源ボタンや、その他チャンネルを変えたり録画したりあれやこれやするボタンがポコポコ浮き出ている、あの普遍的なテレビリモコン。
微熱くらいの体調の時は、背中側の肋骨と肋骨の間に、何か小さいものが挟まっている感じがする。
それはたいてい、丸まったら少しマシになる気がして、布団にくるまって、まるくなる。
薬を一旦止めた方がいい気がする。
お腹が張ってる気がする。
そんなお腹を抱えて、丸くなる。
手だけを伸ばしてみる。
めいいっぱい伸ばしても、テレビリモコンには届かない……。
伸ばした腕が、小さく震える。
やっぱり届かない。丸まったままだと。
布団のちょっと向こうに置いてあるテレビリモコンは、布団の中で丸まっていると、絶妙に取れない距離にある。
腕を一旦引っ込めて、また伸ばしてみる。
届かない。
届かない…
届かない……!
だめだ
腕を引っ込め、背中の違和感と胃もたれの重たさを抱え込む。
有意義な暇つぶしは諦めて、シーツの皺でも見ていよう。
微妙なしんどさを抱え込んで布団に潜る。
テレビリモコンは、澄ました顔でまだそこにいる。
木漏れ日に 誘われ見上げる 五月晴れ
手をかざし 手に飲み込まれる 木漏れ日め
マスクの子 撫でる木漏れ日の 暖かさ
大切なものは 壊れないように そっとしまっていた
なにひとつ 失くしてしまわないように
あなたがくれた ほんのりあたたかい 大切なこの想い
あの日 そっと しまい込んだんだ
いつか離れてしまったって
いつか遠くに行ったって
このあたたかさはいつだって
私が大事にしまってる
だから きいて
踏み止まらないで
もう一度 あなたと歩きたい
大事なものは 盗られないように そっと隠していた
なにひとつ 傷つけてしまわないように
あなたがくれた じんじんあつい 大切なこのぬくもり
とっておきの 場所に 隠したんだ
いつか触れられなくなって
いつか笑い合えなくなって
それでもこのぬくみはいつだって
私がきっと覚えてる
だから きいて
諦めないで
もう一度 あなたと笑いたい
あなたにもらった思い出も
あなたに教わった楽しさも
あなたがくれたものは なにもかも
私が大切に取っておいているから
だから きいて
そばにいて
もう一度 あなたに呼んでほしい
だから きいて
そばにいて
あなたにこのラブソングを 聴いてほしい
だから きいて
そばにいて
もう一度 あなたに呼んでほしい
立ちのぼる 季節の花の香 君の文字