12月30日、バイトはお盆休みで無い。だからって遊びに行こうにもこの大雪。雪だるまを作る程の元気もない。こういう時は大人しく、こたつでみかんを食べるのが吉だ。
それにしたって暇なので、メッセージアプリを開く。幸運なことに、何人かはオンラインになっていた。適当にスライドしていくと面白そうなものを見つけた。
『質問箱・1年を振り返って』
さて、何を書こうか。
「死にたくないんだ。」
柚音はそう言った。柚音とはかれこれ6年の付き合いになる。中学2年生の頃に知り合い、高校はたまたま同じところで、進みたい大学も同じだと分かり、この友達未満の関係は続いていった。柚音には私と違い、仲の良い友達がたくさん居るはずなのに、何故か私にそれを告白してきた。
『死にたくない』と。
とはいえまだ私たちは大学生だ。まだ人生の折り返し地点にも辿り着いて居ないだろう。末期の癌が見つかった、とかでも無いようだ。彼が否定した。
「どうしてそう急に?」
「もうすぐテストあるじゃん」
「まあ、そうだね」
「俺勉強してないんよ、あんまり」
「そうなんだ」
「直前になって焦ってきてさ」
「そりゃそうだろ」
「どうして勉強しなかったんだ、って思って」
じゃあこの話している時間を勉強に使えば?とは言え無かった。彼がどことなく、本当にどうしようも無くなった顔をしていたからだ。彼はまた口を開いた。
「そうした時に、なんていうかもう死んでしまおうかって思ってさ。」
いつも明るい彼とは思えないことを言われて、何も言えなかった。悩み事なんて何も無いと思っていた。今日呼び出されたのだって、勉強を教えて、とかだろうと勝手に考えていた。彼は続ける。
「これ以上このどうしようもなさを感じていたくなくて。寝る前の時間が、とても長く感じて。」
「...そう」
「これ考えている暇あるんだったら勉強せいや!って感じなんだけどね。きっとみんなそう言うんだ。」
「だから、俺を?」
「うん。ごめんね、友達でもないのに」
「いいや、別に大丈夫。友達じゃないから、柚音の仲間に話す心配も無いだろうしね」
「本当に、俺はずるいやつで、嫌なやつで、こうやって被害者面することしかできないけどさ、」
「うん」
「いつか大人になって、幸せになった時に、今日のことを肴にして笑えたらなって思う」
「うん」
「そもそも卒業できるかわかんないけどな、大学」
「そこはちゃんと卒業してくれ」
あはは、と笑い合う。いつもの彼に戻ったようだった。その事に安心したことをよく覚えている。心理学なんて学んでいなかったから適当に相槌を打つことしかできなかったから。
あれから何年も経った。柚音が今どこで何をしているか、元気でやっているかなんて今の私には検討もつかないが、どうか健康で幸せになっていることを願う。
卒業アルバムを見ながら、そんなことを考える。少し煤けた写真にはいつの日かふざけて撮った、笑い合う私と柚音のプリクラが貼ってあった。
「マリアが私達の血の繋がった子どもじゃなかったって、私達が洗脳されていたって、それでもあなたは可愛い私たちの娘よ!」
「ママ……」
「そうだ、帰ったらマリアの大好きなケーキを作ろう。きっと美味しいよ」
「パパ……」
「マリアちゃん、行こう!」
「うん、行ってきます!」
そしてマリアはみんなの願いの力を集めて強大な悪の組織を倒し、世界に平和をもたらしましたとさ。
ここからはもう一つの物語。
「どうしても取り戻したいものってあるだろ?」
静かな監獄で、青年は魔法警官へ聞いた。
「俺にもそれがあってさ」
何を、と聞こうとして警官は囚人との私語が禁止されていることを思い出し口を噤んだ。
「国の要たる魔法少女。なんで俺がそいつらを殺そうとしたと思う?」
「……お前は愉快犯だと聞いているが。」
「あ、やっと話してくれた。愉快犯?全然違うよ」
「じゃあお前の動機は何なんだ。」
今日聞いた話を上官へ報告すれば、もしかすると魔法少女暗殺未遂事件の解決の糸口になるかもしれない。
警官は話を聞くことにした。
時計の音とテレビの音声だけが聞こえる部屋で、少年は何もせずに寝転がっていた。いくらテレビでニュースを見たって、親のことは何も分からない。
少年の親が失踪してから5日。体力の限界であった。
その時、声が聞こえてきたのだ。
猫のようなものは自分を悪魔だと言った。
悪魔は色々なことを教えてくれた。
魔法の使い方。お湯の沸かし方。食器の洗い方。
しばらく悪魔と暮らしていた時、たまたま街で親と出会った。話しかけても向こうは首を傾げるだけだったが、彼女達が親で間違いが無いのだ。だって名前が一緒で、好きな食べ物が一緒で、得意料理だって同じなのに。僕の名前だけ覚えていなかった。あの時はとても悲しかったよ。それからどうにか説得を試みていたら向こうから「パパ?ママ?」って声が聞こえてね。
それが、君達が言う魔法少女マリアだったんだ。
その夜に悪魔が僕のお父さんとお母さんは洗脳されてる事に気づいたんだけど、その魔法をかけた人のヒントは何も無かった。でも普通こう思うはずだ。
「魔法少女マリアが僕の親を奪った。」
「だが、その人物がマリアだと決まっていないだろう。魔法少女暗殺をして良いことにはならない。」
「ああ、確かにその魔法は確かにマリアじゃなくてマリアについてる天使の仕業だったんだけどね。何も分からない少年がそんなこと考えられると思うかい?」
「…無いな。」
「わかってくれて嬉しいよ」
それから暫く経って、君達の言う悪の組織が設立された。そこの人達はみんな魔法少女に何かを奪われた人達だった。でも奪われたものを取り戻そうとしたって、僕達以外はそもそもそうであったと認識できない。例えば、僕の親みたいに。それから、僕達…俺たちは仲間を集めた。魔法少女に恨みがある人を沢山スカウトした。あの頃は楽しかったな。本当の家族みたいにみんなで設立記念パーティー……パーティーと言ってもコンビニのお菓子とかだったんだけど、美味しくて、楽しくて、それで……
「ごめん待ってくれ。このパートは要らなかったな」
「いいや、悪の組織については情報が少ないんだ。」
だから早く話して、と言おうとした口を遮られた。
「囚人相手に鍵を開けちゃあ駄目だろう、こんな風に逃げられてしまうぞ」
息ができない。くびをしめられている?
すんでのところで首にかけられた指の力が抜ける。
「楽しかったよ看守さん、もう会わないことを祈っている。」
窓の外に停止している小型飛行機に乗った彼はこちらを1度振り向き、飛び立って行った。
「こりゃあ減給かな……」
「え、意外〜。お前こんな歌歌うんだな」
うん、俺はずっとこういう曲が好きだった。
『ENJOY 音楽は鳴り続ける』
馬鹿にされると思って言ってなかったけど、
何回も何回も聞いてこうやって歌っていた。
『IT'S JOIN 届けたい 胸の鼓動
ココロオドル アンコール わかす
Dance Dance Dance
今 ゴーイング ゴールインより 飛び越し
音に乗り 泳ぎ続ける
ENJOY IT'S JOIN 呼応する心 響き続ける』
この曲が、俺にとっての心躍るものだ。
nobodyknows+ ココロオドルより
通り雨が迂回してくれたら濡れずにすんだのに。
雨の日の静けさが好きだ。世界に自分一人しかいない気がして心が少し軽くなる。でも、濡れるのは昔から嫌いだった。靴を乾かすのはめんどくさいし、どこ歩いてきたのって怒られるし。バスに揺られながら窓の外を見る。やっぱり車が多い。
無意識にため息が出た。
雨の日は好きだ。静かで、おだやかで。
落ち着くはずなのにどうしても消えたくなる。
このまま雨の静けさと共に消え去ってしまいたい。
叶うことなら、この水滴のひとつになりたい。
もう、学校なんて行きたくない。
家にだって帰りたくない。
強い酸性雨だったら私を溶かしてくれるんだろうか。
通り雨、私も連れてって。
なんちゃって...