れい

Open App
3/11/2024, 3:05:54 PM

 「おはよう」
 挨拶から始まった今日、僕はいつも通りに街を歩いていた。
 煉瓦模様で塗装された歩道。道路脇には花壇が並んでいて、歩くたびに植えられた花の種類が変わっていく。
 それを横目に見ながらただただ前へ前へと足をすすめる。
 ふとした時、赤色の歩道用信号を見て足が止まった。地面を見ればT字に広がる黄色い点字ブロックがあった。
 地面すらも、信号の前では止まってしまう。綺麗に敷かれた赤煉瓦の地面も、横断歩道により断絶されている。
 赤色だった信号が、青に変わる。
 横断歩道は道路と白線が交互に連なってできている。
 小さい頃、横断歩道を渡るときは白線のみを踏んでいく。なんて謎のルールで歩いたりしていた。簡単なゲームではあったが、1番の難関は横断歩道終わりだ。そこの場所だけ時折白線と道路の間が地味に広くて、大股開いても、ジャンプしても白線まで届かないことがある。
 そのときは立ち止まってどこかしら迂回路がないかとしてみたくなるのに、横断歩道の性質上ずっとは立ち止まってられないから、結局、仕方なしに白線しか通ってはいけないゲームに最後の最後で終わりを告げることになる。
 幼い僕はその強制的な終わりを実感するたびに横断歩道が焦るようなものでなければなぁ、なんて思っていた。
 大人になった今は、もうそんなふうに白線で遊びことはない。たまに、足の位置をわざと白線に収まるように調整することはあっても、別にもう横断歩道終わりでがっかりなんてしないし、そこで足を止めようとも思わない。
 だけど何となく、今日は大人だけどやってみようかなぁ、なんて思った。
 僕は白線を踏んで青信号を歩いた。
 幼い頃と違って足幅は大きい。だから特に危機感もなく白線の上を歩けた。
 そして、最後の白線にやってきた。
 歩道の煉瓦道へ行くには、大人になった僕ですら道路の幅が広くって、多分どうやっても道路の黒い部分を踏んでしまうだろう。
 白線の上に立ったまま足を止めて、あたりを見渡してみる。だけどうまい具合にできた道路だ、見渡したってどこにも回路は存在しない。
 まぁ、そんなものなのだ。見渡す時間があったって。
 大人になった僕は幼い頃と違ってガッカリすることはない。納得という現実の受け止め方を覚えたのだから。
 僕は大人になってもゲームオーバーを迎えながら、横断歩道から歩道へと移った。

 また、煉瓦の道を歩く。
 辺りには誰もいない。道路も車は通っていない。風で木々は揺れるけれど、鳥の囀りは聞こえてはこない。
 僕は自由だ。横断歩道でいくら立ち止まっても問題ない。それが青信号でも、赤信号でも。
 道路を歩いたっていいだろう。ど真ん中で寝ることですら。
 子供の頃考えたあれこれを、自由に実現できるだろう。
 「さぁ、今日はどこに行こうかな」
 歩きながら僕はグッと両腕を天に向かって伸ばす。
 太陽が真上でずっと止まっていて少し眩しい。
 僕は学校へと足を密かに向け出す。
 周りの目があるからと、幼いころ出来なかったことをやろうって。

 平穏な日常を、僕は今日もひとりぼっちで過ごすのだ。
 誰もいなくなったこのおかしな世界で。