【高く高く】
高く、高く、大きく、もっと大きく
枝を広げ 幹を伸ばし
葉っぱから根っこの先まで
太陽と風と大地を
からだいっぱい吸い込んで
真夏の樹のように いのち輝くとき
その歌で今をつくり
そのことばで今をひらき
我ら 爽やかに育つだろう
たかく、と聞くと思い出されるこの歌
大好きだった音楽の先生、
自然と人間を讃える優しく力強いうたをたくさん教えてくれた
今でも、あの時のピアノが私のまんなかを守ってくれてます
【子どものように】
身体がおおきくなった今でも、不安になったりプレッシャーを感じると私の手を握ったり、明け方に布団にもぐりこんできたりする甘えたがりの我が子
温かな体温、静かな寝息、まだまだ子どものやわらかい頬にふれながら、きっとこんなふうに母親に甘えてきたんだろうな私も、と思う
ベランダで月を眺めながら煙草を燻らせていたあの頃を思う 寄る辺のない自由さと自分への嘲笑とつきまとう孤独感は、煙草と同じくらいニガくて煙草と同じくらい癖になって、まるで悪い情夫のように離れられなかったものだけど
今はもう要らないかな
ベランダで飲むのは、大きなマグカップのカフェオレ、暖かいストールとセーターで
この子が、あたたかな世界で生きてくれることを祈る
この子をとり巻く世界が、いつもこの子に優しくあるように、子どものように祈る
【カーテン】
ひとりで暮らし始めた時に使い始めたのは、黄色と白のチェックのカーテンだった。母親が選んだ。
田舎の生まれだった私には気候のいい昼間は窓を開ける習慣があって、風の抜け道、あるいは入り口をつくるために玄関ドアは開けておくというのもまた然りだった。
京都の入り組んだ細かい間取りのなかを、思惑どおり初夏の風がぬける。掃き出し窓のカーテンがゆれる。まだ、京都の夏の暑さを知らなかった頃だ。
床に寝転んで、揺れるカーテンを眺めていた。
ラジオからは、ヘビーローテーションに選ばれた曲が何度も流れて、その歌詞が胸に刺さった。
カーテンが揺れて、メリーゴーランドが回る。
誰のなんという曲だったのか覚えていない。
その続きで流れてきた曲は今でも覚えているのに。
忘れてしまったほうがいいことがたくさんある。
でも、あの曲名は今でも探している。
ずいぶん遠くまできたんだ。
【なみだの理由】
泣いていいよ、
なんて言われちゃって スンっと涙がひっこんだ
経験あるわーって人いる?
私はある
なみだはデトックスで、癒しで、自分への愛の言葉
たまったウミを出したら軽くなって
立ち上がるのだって自分でてきるもん
むしろ、自分で立ち上がるために泣いてるようなものなのだ
泣く時はひとりで泣く、思う存分泣く
翌日目がぽんぽんに腫れても、その理由はだれも知らない
【束の間の休息】
笑うのも怒るのも走るのも、なににもしばられない自由時間がおわって
あたたかく柔らかなベッドのある鳥かごに戻る
街灯もない暗闇が点々とする夜道を
車を走らせるBGMはいつだって休息をくれた
自分を鳥に戻すための2時間
誰のものでもない、でもひとりぼっちでもない、私
ほっ、と息をつく
明日からまた、健気で哀れな美しい小鳥になって
歌ってみせるよ、
それがあなたの安息になるのなら
懐かしい痛み、
縛られること、足枷を嵌められること、
職務を全うしている満足感