《たった1つの希望》
今年のバースデーケーキは王道のイチゴをねだるか、チョコをねだるか、抹茶にするか、シャインマスカットにするか。あるいはフルーツタルトというのも悪くないし、シンプルにチーズケーキというのもありうし、なんならババロアも好きだし、モンブランにも心惹かれるし。ケーキショップのショーケースの前にて、色とりどりのケーキ目掛けて希望が躍り上がるものの、叶えられる希望はたった1つ。いつも1つ。必ず1つずつ。もしくは、ゼロ。
《欲望》
食べたい
触りたい
飾りたい
切り取りたい
溜め込みたい
毀損したい
捨て去りたい
止めたい
溺れたい
獲得したい
操縦したい
滅ぼしたい
《列車に乗って》
都会の大学に受験に行く 遠くの親戚のお葬式に駆けつける 家族との団欒から単身赴任先にぽつんと帰る 富士山を見ながら駅弁をぱくつく 在阪テレビ局の番組収録にむかう 有権者回りがすんで地元からとんぼ帰りする 振動に身を任せてしばし居眠りをする 発車までの短時間で車内清掃を済ます 安全確認して駅舎に別れを告げる 車窓から見える子どもたちに挨拶する 命懸けの届け物を固唾を飲む思いで背負う 銭婆婆に詫びに行く カムパネルラを探しに旅に出る
《君は今》
君の今現在として予想されること
・呼吸している
・心臓が脈打っている
・肌があたたかい
・肺を膨らませたり萎めたりしている
・鼻や口から空気が出入りしている
・消化器官が蠕動している
・栄養と老廃物のさびわけがおこなわれている
・鼓膜が空気の振動をキャッチしている
・空気中の特定の分子をにおいとして感受している
・脳内を信号が行き交っている
・外界からの刺激に微妙に反応して恒常性を保っている
・この瞬間も、あらゆる場所であらゆる細胞が新陳代謝している
・とにかくこれが、生きている、ということ
《物憂げな空》
グレーの重く雲が垂れ込めたような いかにも小糠雨に濡れそぼたねばならぬ帰途を想像させる空模様とか
あるいは、いましがた手の平返ししたばかりの掌が、うつ伏せたそのままに、暗く空を覆っているとか