「アイツムカつくよねー」
「ほんとそれなー。空気読めないよねー。」
またあの子の悪口。私はいちごミルクを飲みながら軽く聞き流す。
混ざりきってないミルク単体の味に顔を顰めながら一気に飲み干す。
「綾音もそう思わね?」
「え?ごめん。聞いてなかった。」
「ほんと綾音話聞かないよねー」
「うん。いちごミルク切れたから買ってくるね。」
「綾音ってほんとマイペースだよねえ」なんて笑う友達の声を背後にいい感じに話の輪から抜ける。
あれは、なんだか話しづらかった。
別に悪口を言うななんて言わない。嫌なことははっきり嫌だって言っていい権利は誰にだってある。
ただ、本人が傷つかなければそれでいい。
「ねえ男子!!ちゃんと課題やってよ!!」
「うげっ、まだ心がなんか言ってんぞー」
あ、あの子だ。今怒鳴ってる。
名前、なんだっけ。心、そう。木村心。そんな名前だった気がする。
キリキリと甲高い声を出して怒鳴りつけてる。正直私もちょっと苦手。
なにも間違ったことはしてないと思うけど、声が大きい。耳がキーンってなる。
でもみんなは、心、え?多分、心がウザイって。空気読めないって。
空気読めないって、私にも刺さる。
でもさ、なんだろう。
うん、わかんないや。
上手く、言葉に出来ないけど。
心は、傷ついてないのかな?
傷ついてたら、すごく申し訳ない。
自分が怒られるかもなんていうただのエゴだし、自己防衛なんだけど。
心にも、心があるんだよ。
なんつって。
数年後
「綾音、アンタカフェオレ好きだねー。」
「うん。そうだね。」
ぐっと甘味と苦味を一気に飲み干す。
「あれ?学生時代はいちごミルク飲んでなかったっけ?」
「覚えてないや。」
「好きなもん、変わりやすいよねー。」
「きっかけさえあれば好きになるよ、全然。」
「嫌いなものは?」
「・・・変わりやすいかも。」
「やだー!私の事嫌いにならないでね?綾音」
「うん、多分ね。心。」
オレの兄弟はなんでもないフリが得意なの。
怪我を隠すのも、感情を隠すのも、本音を隠すのも。
ぜーんぶなんでもないフリして笑ってる。
だから、オレが気づいてあげないと。
なあ?兄弟
なんでもないフリなんて上手になっちゃダメだよ。
心がズキンって痛んで、辛くなるだけだから。
自分に嘘ついて、虚しくなるだけだから。
ねえ、兄ちゃん。こっちに来ないでね。
兄ちゃんには好きに生きて欲しいんだ。
なんでもないフリなんてしないで、自分の思ったままに生きて欲しいの。
笑われたってバカにされたって、辛いものは辛い。
けど、それをなんでもないフリして笑うのは荒治療だよ。
ちゃんと発散しないとね。
好きに生きて、好きに生きたオレからの助言だからね。
だけどね、兄弟。
オレがここにいるってのはなんでもないフリしといて。
オレは、誰の記憶にも残っちゃいけないからさ。
孤独を選んだ気になっていた。
孤高の狼に憧れて・・・
でもね、やっぱね、オレにはアンタが必要なんだ。
仲間が必要なことは知った。
人間は、独りじゃ生きていけないことを知った。
オレは狼じゃないから、人間だから。
仲間が必要なんだ。
だから、オレは・・・アンタが必要なんだ。
なのにさ、なんで・・・
「おまっ、テスト勉強やべーとか言ってたじゃねえかよ!!!!仲間だと信じてたのに!!!」
「ごめんね、ボク要領良いから。」
私は右利き、君は左利き。
手を繋ぐと、2人とも利き手が塞がらなくて便利だね。
君は右利き、俺は左利き。
腕相撲する時、2人とも利き手だから平等だね。
私は右利き、俺は左利き。
いつも自分の左/右にいてほしい。
「ありがとう、ごめんね。」
一世一代の大舞台。顔を真っ赤に染めて、だっさ。
思わず目を瞑って返事を待つ。すると返ってきたのはこの言葉。
建前だけの「ありがとう」だなんて…
「やっぱりセンセ、教師と生徒の壁って超えられないの?それとも僕が魅力ないだけなの?」
縋り付くように、声を震わせて救いを求めるように問いかける。
黒をメインとした僕たちの制服とは対照的に白衣を着ている女の人。
この人は僕たちの物理担当…そして、担任の先生。
高校生になって、3年間ずっと担任で。
最初は女の先生ということで少し緊張していたけど、フレンドリーで話しやすかったし…何より、僕が1番苦手で嫌いだった物理を好きにさせてくれた。
物理を好きになると同時に、センセのことも好きになっていたんだろうな。
「ううん、君が魅力ないんじゃなくてさ。やっぱり私は教師として来てるから、そういう感情を抱くことは許されないんだ。」
迷惑客に対応するような、完璧なマニュアルを読むような態度。
テンプレみたいな対応に、何故かとても悔しくなった。
「じゃあもし、センセが僕のこと好きになって良かったなら、僕のこと好きになってくれてたの?」
ああいえばこういう。迷惑客というのもあながち間違いではない。僕はセンセのこと困らせてる。わかってるのに、悔しいんだ。
僕の恋心が馬鹿みたいでさ…結局は僕のエゴなんだ。
「さあ、どうだろ。考えたこともなかったかな。」
言葉は素っ気ないくせに僕から目は逸らさない。
あーあ。そういうところが諦めさせてくれないんだ。
付き合うことなんて、できないかもしれない。
高望みなんて、してない。
ただ、ただ…
「じゃあ、好きでいることを許してくれますか?」
センセは笑った。
「好きに生きていいよ。もし、先生のこと諦めきれなかったら卒業してからおいで。」
これが、8年前の話。
今は、
「ありがとう、ごめんね。」
そうやってセンセは笑う。
「私、もう付き合ってる人いるんだ。」
そして、センセは僕の肩を抱いて微笑んだ。
「センセ、大胆だね。」
「あは、センセだなんて…
今は君も先生なくせに。」